『メタバースとは何か』著者・岡嶋裕史氏に聞く
(2)メタバース、ブロックチェーンがはらむ宗教性

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

仮想現実にはリアルな現実の歪みがいろんなかたちで投影される

岡嶋 今みんながメタバースと言って想像しているものって、アバターがあって、VR、3Dがあって、360度ビューの世界です。その前提に立ってメタバースと言っていますが、メタバースを「デジタルの技術があるからこそできる自分の思いがかなう場所」と定義すれば、ビットコインやイーサリアムみたいなものも、一種のメタバースだろうと、個人的には思っています。

桐原 別にVRをつけることだけがメタバースではないと。

岡嶋 そこからさらに先のブームを用意している人たちが「Web3」とか言いだしていると思うんです。Web3は、これまで情報を独占してきたGAFAMや巨大企業に対して、テクノロジーを活用して分散管理することで情報の主権を民主的なものにしようという動きです。既成の民主主義はもう崩れてしまったので、ブロックチェーンという技術を使ってすべての仕組みを民主的にやるんだと言っていますね。権力者がいて何かをねじ曲げたりすることは絶対にできない仕組みを、ブロックチェーンをベースにつくって、単にお金やウェブのことだけではなく、社会の仕組みをそれで全部民主化するというのがWeb3の考え方です。私はそれ自体が幻想だと思っていますが、あれもブロックチェーン技術を使った一つの宗教ですよね。民主的なものが絶対的だと思っていて、それを人が介在しないシステムに全部やらせれば、ほら、民主的になるじゃんという思想に憧れる人たちが集まってWeb3という世界が構想されているのだと思います。

桐原 リアルな現実の歪みが、仮想世界にいろんなかたちで投影されているのですね。

岡嶋 そうだと思います。現実が歪んでいたら、そこから逃げだしたり、修正したりしたいと思う。でも、それが現実世界ではうまくいかない。一方で、メタバースでは現実と同じぐらいの情報の密度や手触りを持つ世界がつくれるようになってきた。そっちで生活や活動をしてもいいんじゃないかという人が増えてきている。リアル世界ではない場所でも、満足して生きてくことができる、そういう器がだんだん用意されてきたということなのでしょう。

桐原 メタバースのなかでは、どういう活動になるのですか。典型があるわけではないと思いますが。

岡嶋 今みんなが思っているメタバースは、ゲームやSNSを拡張したイメージで、コミュニケーションに価値を置いているんだなと思います。SNSはコミュニケーションそのものですけど、ゲームの場合、ただのゲームをメタバースとはいわないですよね。本当は、魔王を倒しにいくためのゲームなんだけれど、倒しにいかない。『FINAL FANTASY VII』だったら、世界が滅びようとしてるのに遊園地で遊んでいる。その世界を楽しんだり友達とコミュニケーションをとったりする世界をメタバースと呼んでいることが多いかなと思います。本来、世界が与えている目的的なものから離れて、自分と同じ属性というか、似ている人たちが集まって「いや、おれたちここでだべってるほうが楽しいわ」っていう使い方をしているものをメタバースと呼んでいるなという気がするんです。

桐原 そこが面白いなと思っていまして、それ自体は特別過激じゃないですけど、ちょっと俯瞰して見るとものすごく過激な世界批判になっている。現実の世界で言えば労働放棄で、みんな働いているけど、おれは会社にだべりに行っているだけだからというようなことですよね。

岡嶋 本当にそのとおりだと思います。

人々に「大きな物語」を与えたロシアのウクライナ侵攻

桐原 この対談が始まるちょっと前にロシアがウクライナに侵攻しました。

岡嶋 またこれで少し様相が変わってきますね。

桐原 それこそ、人類の7割ぐらいの人が正義だと思うものを手に入れてしまったわけです。分かりやすい悪を手に入れた瞬間、フィルターバブルなんてところに収まらなくても、安心できる大きな物語が与えられた。

岡嶋 与えられましたね。正義なんてもう手に入らないかと思っていたら現れた。もうロシアをたたいたり、ツイートしたりするほうが楽しい。エビデンスのない体感値ですが、ちょっとゲーム勢が減って、Twitterでプーチンたたきに行ってますものね。そっちのほうが楽しいんだな。

桐原 魔王を倒すことに意味がなかったんだけど、がぜん魔王を倒すモチベーションが与えられた。

岡嶋 今度の魔王はすげえな、倒しがいあるぞとか。それこそゲームで魔王を倒していても、魔王にも人権があるみたいなことを言われたりする世の中で、プーチンだけはどれだけたたいても流れ弾に当たらないだろうという安心感はみんな持っているかなって思います。

桐原 メタバースの流れ自体は、セカンドライフみたいな終わり方はしないですよね。

岡嶋 新しい世界を構築するサービスは、そこにどれだけの人が集まっているかというのが重要だと思うんです。メタバースは閾値を超えたなと思っています。セカンドライフのときは、結局アクティブユーザーは数万でしかなかったので、面白いかもしれないと思って行ってみたら、過疎っていた。オンラインで対戦型のゲームに参加しても、誰もいなかったという状態だったと思うんですね。いま本当にハイプで、期待値と現実がすごく乖離していますから、どこかで幻滅するだろうとは思っているのですが、ハイプであるにしても、人はたくさん集まった。これだけのアクティブユーザーがいると、幻滅した後も着実に何かしらのかたちでは残っていくだろうと思います。

桐原 ブームと幻滅期を繰り返しながら定着していく。

岡嶋 はい。定着していくかなと思っています。戦争の前までは、メタバースという新しい現象に対して、サブカルを観察することで次の展開を予測していたのですが、あの戦争で様相が変わった気がしています。むしろメタバースに集まっている人たちを観察して、この先に何が起こるのか予測できるかもしれない。メタバースが炭鉱のカナリア的な役割を果たしはじめているのではないかと思っています。あそこに集まって楽しんでいる人たちが、戦争を見て何を思ったかとか、行動がどう変わったかというのは、ちょっと分析したいなと思います。

桐原 みんなが同じ方向を見ることの面白さみたいなもので、実は裏腹でものすごく怖いんでしょうけど、それを味わっている感じはちょっとありますよね。

岡嶋 初めて連帯した、みたいなところがあるんじゃないでしょうか。もう絶対にプーチンたたいとけば、みんなの共感が得られるというツールを手に入れてしまいましたからね。

メタバースで人生が完結してしまう人が多数派になるのは危険

桐原 メタバースのなかで、自分に都合のいい世界で生活の時間を多く費やすようになったときに、リアルな社会を必要としなくなる人たちが出てくるのではないかと危惧するのですが、可能性としてありえますか?

岡嶋 少数派ということであれば、もういると思います。ゲームの世界が心地いい人が、そこでどんどん課金していくと、その世界の王になれるわけです。ゲームのなかでもそうですし、もう運営側がその人を放してくれないから本当の意味での王だと思います。この人が毎月何千万という単位で課金してくれているから、このゲームが回っているんだとなれば、その人の意向次第でゲームシステムが変わっていくわけです。まさに王です。仮想世界のなかでビットコイン取引やFXでぼろ儲けして、さらに好きなゲームにフィードバックして、循環している人は、全然リアルを必要としてないでしょう。それは、本当に才能があったりとか、タイミングに恵まれたりしたほんの一握りかもしれませんが、一つの成功例として存在しています。これからメタバースの人口が増えいろんな産業とのつながりが出てくると、そういうキャパが広がってくるかもしれません。すでに仮想世界のなかだけでお金儲けとか勉強とかが成立しています。消費も仮想世界のなかで完結していて、メタバースのなかだけで経済や暮らしを回してしまうかもしれません。そもそもリアル好きじゃないという人たちが一定数いますから、その方向には行くかもしれないと思っています。

桐原 そうやって時間を費やす人たちは、少し前までは「ネトゲ廃人」などといわれていましたが、ちょっと見方を変えなければいけないですね。

岡嶋 でも、廃人という見方は、どこかでは留保しておくべきなのかな。私もそちら側の人間ですから、楽しいならいいじゃないかとか、リアルは俺たちに向いてないから仮想世界で生活させてよという思いはあるんですが、それが多数派になってしまったら、人は滅ぶぞとも思いますので。そういう生き方もありかもしれないけど、生き物として健全じゃないよねという考え方は、どっかでとどめておかないといけない。私自身は、マトリックスみたいな仮想世界だけでいいと自分では思ってしまいますけど、それがメジャーになって当たり前化してしまうと、世界は危険だなと思いますので、そこは間違えないようにしたいな。

桐原 先生は本を書くことでリアルな世界と接点を持っているように見えますが。

岡嶋 私は、オールドタイプの人間ですので、ビットコインでひと儲けみたいな才覚がないので、本を書いたりして日銭を稼がないと暮らしていけないですから。

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