『メタバースとは何か』著者・岡嶋裕史氏に聞く
(1)オルタナティブな日常が与えてくれる“大きな物語なき現代”の幸福

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

サイバー空間に構築されつつあるもう一つの世界「メタバース」。メタバースが次のキラーサービスとして大きな注目を浴びているのは「リアルと仮想の融合」や「仮想世界に住む」ことが、空想ではなく現実味を帯びているからに他ならない。著書『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」 』(光文社新書)で、リアル社会との対比で鮮やかにメタバースの本質を解き明かした岡嶋裕史氏に話を伺った。

岡嶋 裕史(おかじま ゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授。『ジオン軍の失敗』『ジオン軍の遺産』(以上、角川コミック・エース)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『思考からの逃走』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン』『5G』(以上、講談社ブルーバックス)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』『プログラミング教育はいらない』『大学教授、発達障害の子を育てる』(以上、光文社新書)など著書多数。

目次

コンピューター、ゲーム、アニメの洗礼を受けた最初の世代

桐原永叔(IT批評編集長、以下桐原) はじめに岡嶋先生の経歴からお伺いします。子どもの頃の興味・関心からお聞かせいただければと思います。

岡嶋裕史氏(以下岡嶋) 私は小学校のころから、非社会的な子どもだったので集団生活とか苦手で、学校には居場所がないと思っていました。それが、小学4年生ぐらいのころにPC-6001とか8001とかが出てきて、コンピューターでプログラミングを始めたら、それが面白くて夢中になりました。当時まだネットワークもアプリストアもなかった時代ですが、雑誌メディアがすごく発達していて、カセットテープにプログラムを録音して送ると、採用されて活字になるという経験をしました。

桐原 ピーヒョロヒョロっていうやつですね。

岡嶋 そうそう。ピーヒョロロです(笑) 「Beep」(ソフトバンククリエイティブ)とか「I/O」(工学社)とか、そういう雑誌に投稿した自分のプログラムが載ったのです。それで味をしめて、「ひょっとしてこれで食っていけるんじゃないか? この仕事だったら、人付き合いとかしなくて済みそうだし」なんてことを考えていました。9歳とか10歳のころだったと思います。それで変に自信を付けてしまって、高校には行きませんでした。大検(大学入学資格検定)を受けたら、あらかた単位が取れたので親もそれで納得してくれました。3年間遊ぼうと思って、PCゲームの『大戦略』(システムソフト)とか『信長の野望』(コーエー)とかをやっていました。3年遊ぶつもりが5年遊んでしまって、それで20歳で大学に入りました。大学は、いろんなことが勉強できるように総合政策学部に行きました。当時、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』(徳間書店)にかぶれていたので、政戦両略を学んでみたいと思ったのです。入ってみたら、そんなことをやる学問はなかったので、結局コンピューターばかり勉強することになりました。それで、やっぱり会社員生活が自分にはできるのだろうかと思って躊躇していたら、何となく大学に残ることになり、今までずるずると大学に居続けている感じです。一回就職はしているのですが、働いてる間もずっと大学院には通っていました。

桐原 ご経歴を拝見して、一度完全に社会に出られて戻られたのかと思っていたのですが。

岡嶋 富士総合研究所(現・みずほ総合研究所)にいたのですが、これから三行統合するので忙しくなるぞと言われ、じゃあ辞めようと。籍だけ大学に残していたので戻りました。僕は、人生を間違えつづけているのですが、統合のときに辞めたのだけは正しい判断だったなと、今でも思っています。

桐原 なるほど。いまだにみずほ銀行は統合の後遺症で大変なことになっていますね。私は世代も近いですし、勝手に岡嶋先生にシンパシーを抱いているのですが、コンピューターとかサブカルチャー、アニメやゲームなんかがメインストリームになりはじめた最初のほうの世代ですよね。先ほど『銀河英雄伝説』の話が出ましたが、それもオタク的にその世界にはまった感じでしたか?

岡嶋 はい。すっかりはまりました。でも、オタクって意外と活動的だったりするじゃないですか。推し活やってみたりとか、コンサートに行って踊りを披露してみたりとか。私は人前に出るのが嫌いだったので、ああいうのはやっていないです。コミケとかも混むから行きません。

桐原 そうか。たしかにオタクって活動的な人たちが多いですね。オタク同士で旅行行ったりしますからね。

岡嶋 抱き枕抱えて、ツインの部屋でお願いしますみたいな人たち。世間一般のオタクのイメージと違って、人と一緒にいるとか、集まってどこかに遠出するのが好きな人たちが実は多いですよね。

桐原 分かります。いわゆる内向的な感じとは、ちょっと違いますね。

AIが人間の知性を相対化するようにメタバースが社会を相対化する

桐原 実はずっと「生きづらさ」をテーマとして抱えていて、IT批評のレビューも、生きづらさをどう捉え、どう考えるのかという姿勢で書いたものもあります。メタバースという「仮想現実」に対して、現実逃避のような言い方がされたりするのですが、先生のこの本(『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」)には、現実のオルタナティブとしての仮想現実という捉え方がされていて、AIが人間の知性を相対化するのと同様に、メタバースが社会を相対化するのではないかということを本日はお聞きしたいと思っていました。

岡嶋 大きいテーマですね(笑) 今まで社会といえば、このリアルな世界しかないと思われていたなかで、メタバースはリアル以外の社会や世界もあり得るという一つの可能性を示したかもしれず、そこはすごく面白いなと思っています。これまでも違う世界はあったのだとは思うんですね。それこそ活字で小説を読んでその世界観に浸るとかそこで遊ぶみたいなことって、これまでも普通にやってきたと思うんです。

桐原 私も性格的に世の中に合わせることが難しくて活字の世界に居場所を見つけたタイプなのですが、他人とそんなに仲良くなれなくてもいいや、自分の好きな本や音楽に囲まれて過ごしていければいいやと思っていました、よく。

岡嶋 そうそう。そう思いますよね。リアルと違う世界ってみんなどこかで必要としていると思うんです。卑近なところで言うと、学校の人間関係が嫌な人が、塾にも行ってもう一個の社会に属することで生きにくさが希釈されることがあります。趣味の世界に生きるというのもそうです。それが小説かもしれないし、最近ですとSNSやゲームかもしれない。そこで、リアルで満たせない欲求を満たします。銃を撃ってみたいとか、嫌なやつがいない人間関係の場をつくりたいとか。

桐原 そこでお聞きしたいのは、小説やこれまでのゲームとメタバースはどこが違うのでしょうか。

岡嶋 メタバースが質的にちょっと違うなと思うのは、生産活動もそこでできるかもしれないことです。2003年に3DCGで構成されたインターネット上の仮想世界である「セカンドライフ」がリリースされた頃にも言われていましたが、仮想世界のなかで商売や学習が実現できそうなところまで進歩してきました。仮想世界での学習ってあまりみんな真剣に捉えてなかったですが、このコロナを経験した2年間でタイムマシン的に時計の針が進んだところがあって、「仮想世界で授業なんて成立するわけないじゃん」って言われていたのが、いや、むしろそっちでやってくれよと思うようになりました。リアルとはまだ比肩し得ることはできないですけれども、ここで生活圏を広げていけるのではないだろうかと、情報の密度とか広がりみたいなことも含めて、一つの世界といえるぐらいになってきたんだなと、そんな認識が広がってきた気がします。

桐原 そう思う人が増えてきたことが大事ですね。

岡嶋 認識の部分が大事だと思うんですね。いくらやれるよと言っても、社会が受け入れてくれないと成立しないものなので。技術側の人間としては、まだ10年、20年かかると思っていたのが、コロナでみんな意識が変わって、この世界もありかなって思いはじめたので、メタバースがまた再浮上してきたのかなと思います。概念はあったし言葉もあったけど、まだまだ先だよね、夢想だよねと思われていたのが、コロナで半強制的に仕事や勉強をオンライン上でやらされて、これもありじゃないかと思う人が増えてきたことで、この時期にメタバースがハイプを迎えているのかなと思います。

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