『音楽が未来を連れてくる』著者・榎本幹朗氏インタビュー(2)
イノベーションによって音楽ビジネスはどのように変わってきたのか?

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

ストーリーにしないと、魂や情熱の部分は伝わらない

桐原 本書を読むと、ソニーに若い頃のジョブズが影響を受けていたり、音楽レコメンデーションサービスの「Pandora」を開発したトム・コンラッドがジョブズやAppleに憧れていたり、物語が続いていくというか、影響を受けた誰かがバトンをつないで音楽産業が続いていくという話になっていますね。

榎本 バトンを受け継ぐというのは精神的な問題だと思うんです。オリンピックの松明に聖火で火を灯してそれを伝えていくように、情熱の火やクリエイティビティの精神をつないでいるんですね。単純な音楽ビジネスのケーススタディではなく、情熱や魂を伝えたかったということもあります。それが本書の核になっているといってもいいでしょう。

桐原 こうしてストーリーで読むとすごいことが起きていたんだということが理解できます。

榎本 ストーリーにしないと、魂や情熱の部分は伝わらないです。評論文的な書き方もできるんですが、それではいちばん大事なところが伝わらないと思ったので、なかば小説のかたちにする必要があったということです。

桐原 2010年代に入ってきて、いよいよ既存のレコード産業や音楽産業のビジネスモデルが崩れてきて、マドンナがレコード会社と契約しないでイベント会社と契約してツアーで収益を上げるとか、日本のアイドルが物販やイベントだけで収益を上げて、音源での収益化は当てにしないみたいな流れがあったと思うのですが、その時期について、榎本さんはどういう捉え方をされていたのですか。

榎本 ナップスターが登場した時点で音源が売れなくなるという議論は始まっていたので、実際には20年以上前からあったんですね。それが長い時間をかけて具体化してきたことだと思います。レコード会社もそういう方向に行くだろうということで、360度ビジネスを標榜して、本来ライブの事業というのはレコード会社の縄張りではなく、音楽事務所やマネジメント事務所の領域だったんですが、音源で稼げる時代は終わっていくから自分のところで事務所の機能を持とう、自分のところでライブをやっていこうとビジネスとして昔から対策はしていました。

桐原 コロナ禍によって、アーティストが食えない状況になっているのは、まさにそこの部分ですね。自分たちで事務所をつくってイベントも興行していたからというのも大きいですよね。

榎本 そうですね。まったく想像もできない天変地異みたいなかたちでリスクをとらざるを得ないのは本当に気の毒に思っています。はじめは「次はこれです」と私が言うと「じゃあそれを真似すればいいのね」とサブスクのときのようになるし、現場で答えを見出してもらったほうがクリエィティブになると思ってポストサブスクについては黙っているつもりだったんですが、まわりが苦しんでいるときに答えを知ってる人間が黙っているのは不誠実かなと思い直して、それで最終章(2030年以降の中長期的展望)を書いたということです。

テクノロジーによって音楽は変わったのか

桐原 榎本さんご自身は、テクノロジーによって音楽自体は変わったとお考えですか。

榎本 ITで音楽が変わったかというとあんまり変わっていないんですよ。音楽自体を変えるのは楽器なので、新しい楽器ができた時に新しい音楽ジャンルが生まれる。いわゆるインフォメーション・テクノロジーというのは、新しい楽器をつくるところまでは応用されていません。初音ミクのVOCALOIDもサンプラーの応用でした。別に新しい楽器ができたほどのインパクトではない。ピアノができたりバイオリンができたことで、クラシックというジャンルが生まれたような、あるいはエレキギターができてロックが生まれたりとか、シンセサイザーができてダンスミュージックが生まれたりとか、サンプラーが出てきてヒップホップが出てきたりとか、まあサンプラーは半導体文明の恩恵は受けていますが、そこから後は大きな革新がまだ起きてはいません。

桐原 むしろサブスクなどで、リスニング文化は大きく変わったと思いますがいかがでしょうか。

榎本 聴き放題は確かにリスナーにとっては天国のようですが、けっしてバラ色の世界ではないと思っています。最先端のものがなんでも素晴らしいかといえばそうではないわけで、相対的に見ています。聴き放題になったことによって、音楽が世界中で均質化していく傾向があります。

桐原 ひと昔前までは、ラジオから流れてくる音楽との出会いによって、自分のお気に入りのミュージシャンを発見するというセレンディピティ(幸せな偶然)があったと思うのですが、今はユーザーの消費行動を類似ユーザーのそれから推測する「協調フィルタリング」といった技術によって、出会いの驚きが減っているかもしれません。セレンディピティは求め得ないものでしょうか。

榎本 私も、IT以前、IT勃興期、スマホ以後と全部経験しているので、正直、スマホがなくても生きていけることもわかっているし、20世紀にスマホ級の飛躍的な革新がいくつもあったことをこの本では書いています。ラジオに関して言えば、みんなで一つの時間を共有するコンテンツであると捉えると、十分ネットの時代にふさわしいメディアだと思うので、いかに他のテクノロジーと組み合わせて使っていくかだと思います。音声メディアでは、Podcastが日本では想像できないぐらいアメリカや韓国で盛り上がっていて、ダウンロードベースからストリーミングに変えていくことで革新が起ころうとしています。

桐原 ラジオにあったようなリアルタイム性みたいなものも復活しそうですね。

榎本 十分あります。音声メディアでもSNS「Clubhouse」が出てきましたが、他にもいろんな企画が出てきているので、リアルタイムコンテンツが盛り上がっていくことは確信しています。

いま流行っているものはイノベーターたちが10年前に考えたもの

榎本 レコメンデーションシステムについて言えば、2005年頃から音楽配信でAIの技術が活用されるようになっていきましたが、基本的にはこの音楽が好きだったら、これも似ているから好きでしょうという仕組みなんですね。9割ぐらいが協調フィルタリングに近いもので、人気のあるものをお勧めしているだけなので、システムとしてはけっして褒められたものではありません。要するに現時点でもいっぱい欠点がある。いま流行っている最先端のシステムだから素晴らしい、これでいいんだということで思考停止して欲しくないですね。

桐原 そもそもいま流行っているものは、イノベーターたちが10年前に考えたものがようやく具体化してきたものだとお書きになっていますね。

榎本 そうです。10年前のアイデアなんです。そこの限界がちゃんと見えていないと新しいものがつくれないですよね。単純に新しいから使ってみようという姿勢は、音楽をプロモーションする人や楽しむ人は正しいんですが、何か新しいことを起こそうと思ったら、その欠点は本質的にどこに起因するのかということを見ていなければならないと思います。私の9年前の予測通りサブスクでの音楽配信が、音楽の主流メディアになったわけです。このメディアとしての技術的な核になっているのがレコメンデーションシステムですが、その中心にあるのがディープラーニングであり協調フィルタリングです。これはもう一通りできあがっているので、海外のサブスク・アプリを真似するだけでなくて、もう少し面白いモノをつくれないかと考えた時に、AIはどのあたりで次のブレイクスルーが来るのかとか、ちゃんと見ておくべきだろうなと思います。

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