経済学者・井上智洋氏インタビュー(1)
「中華未来主義」は誰にとってのディストピアか?
技術者は社会のネガティブな面が見えない:「ワクワク」だけでいいのか
桐原 エンジニアも含めてITビジネスに従事する人たちは、ITやAIで社会がどう変わっていくかという視点が不足しがちな印象があります。ビジネス領域が広がるとか、収益が上がるという話はしますけど、技術的失業とかテクノロジーが引き起こす社会問題については関心が薄いように感じます。いかがでしょうか?
井上 そうですね。確かにAIがもたらす社会問題の話をするとIT関連のビジネスマンの方に嫌がられたりしますね。そういうのはいいから導入の仕方を教えてくれと。むしろ、そういう話には政治家の方が興味を示しますね。なぜかと考えたのですが、ビジネスで秀でている人や優秀な技術者と話をすると、口癖のように「ワクワク」という言葉を使うんですね。常にワクワクを感じている人って、社会のネガティブな面が見えないし、見たがらない傾向はあると思います。私は自分を“陰キャ”だと思っているんですが、陰気なキャラの人の方がそういうことに気が付きやすいのかなと思います。私が技術者にもビジネスにも向いていないので学者になったのも、陰気な部分を持っている優位性を活かせるからという理由もあります。そういう面を全く持っていない人は逆に社会問題に気づきにくいので文系の学者には向かないだろうと思います。理系の学者はワクワクしていてもいいんだろうけど、文系の学者は技術革新に伴う失業や格差について目が行かないとまずいですよね。

桐原 技術者はともすると、「ドラえもんをつくりたい」「できたらすごい」って発想はあるけど、ドラえもんが誕生することの社会的なインパクトについては考えませんよね。
井上 特に負のインパクトについては考えないでしょうね。あるとき人工知能学会で、AIで雇用が奪われるけど、ベーシックインカムでなんとかディストピアをユートピアに変換しようという話をしたときに、かなりAIのネガティブな面に触れたので怒られるかと思いきや、「楽観的な話でよかったです」と言われて、びっくりしたことがあります。おそらく頭に入ってくる時点でネガティブな話もポジティブな話に切り替わっているんじゃないかとすら思いました。
桐原 ビジネスマンの好きな言葉に「パラダイムシフト」があります。IT分野は特にでしょうが、経営者はやたらと口にしたがります。どうも「商流が広がる」とか「ビジネスのプレーヤーが変わる」くらいの意味で使っていて、トーマス・クーンが提唱した際の社会や価値観が革命的に変化するという意味、つまり自分たちの立場が失われてしまうような危機感を背景にして使われることがありません。
井上 そういうことで言うと、ヨーゼフ・シュンペーターの「創造的破壊」という言葉もやたらとポジティブに受け入れられがちですね。でも、たとえばコロナ禍で企業が淘汰されていく状況においては、企業で蓄積されていた経験知や文化が一挙に失われてしまうので、これは危機的状況だと考えなければならないんです。景気が良いときにやっていけない企業が淘汰されるのはしょうがないことですが、大きな不況や災厄が来て淘汰される会社に対して、創造的破壊という言葉を用いて正当化するのは間違っていると思います。ビジネスマンのなかでもコロナをうまく乗り切っている人ほど、「政府の支援は必要ない」なんて言っています。自分が痛い目に合わないとわからないんですね。