量子コンピューターを理解するための 量子力学入門
第1回 量子コンピューターを巡る誤解-なぜ「計算が速い」と言えるのか?

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テキスト 松下 安武(まつした やすたけ)
科学ライター・編集者。大学では応用物理学を専攻。20年以上にわたり、科学全般について取材してきた。特に興味のある分野は物理学、宇宙、生命の起源、意識など。

誤解①:量子コンピューターの計算速度は既存のスーパーコンピューターを超えた

Googleが大々的に発表した「量子超越」の真相とは?

それではここからは、上に挙げた4つの誤解について、1つひとつ検証していこう。

①の誤解の背景には、2019年にGoogleが「量子コンピューターが、世界最速のスーパーコンピューターでも1万年はかかる計算を
わずか200秒で完了した(量子超越を実現した)」と発表し大きな話題となったことがあります。論文が掲載されたのは
科学界で最も権威ある雑誌の一つ、『Nature』でした。このニュースが大々的に報じられたため、
①のような誤解をしている人が今でも多いのでしょう。


Googleの量子プロセッサー Sycamore のCGと実機写真

画像:量子超越を実現したGoogleの量子コンピューター

左は装置に接続された量子プロセッサー「Sycamore(シカモア)」のCG、右は実機写真です。極低温で電気抵抗がゼロになる
「超伝導体」を使った量子ビットを動作させるには、プロセッサー全体をほぼ絶対零度(−273.15 ℃)にまで冷却する必要があります。

(出典:Google AI Blog

量子超越(Quantum Supremacy)とは簡単に言うと、「従来のコンピューター(古典コンピューター)では現実的な時間内に終えることができない計算を、短い時間内で行うことができた」という意味である。Googleの発表は量子コンピューターの研究開発において、大きなマイルストーンを達成したと言える。しかしGoogleが示したのはあくまで、量子コンピューターが得意で、非常に特殊な、特定の計算において、スーパーコンピューターの性能を超えた、ということだ。この計算は産業に役立つようなものではなく、あくまで量子超越の実現を示すために設定されたものなのだ。

そもそもコンピュータの計算速度は「計算回数×1回の計算にかかる時間」だと言える。量子コンピューターは問題によっては「計算回数」を劇的に減らせる可能性がある。そのため、超高速な計算ができると期待されているわけだ。一方、1回の計算にかかる時間(後述する「量子ビット」を操作するのにかかる時間)は、従来のコンピューターと比較して速いわけではない。また、演算回数をどこまで減らせるかは、計算する問題によって変わってくる。以上のことから、Googleの成果をもとに、「量子コンピューターの計算速度は既存のスーパーコンピューターを超えた」と考えるのは、時期尚早だと言えるだろう。

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