「戦略物資」としての先端技術
米中IT冷戦と日本の安全保障──ファーウェイ・NEC・三洋電機が示す最前線

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著者 深川孝行

間一髪? だった三洋電機

2008年パナソニックが三洋電機を買収し完全子会社とすると発表、業界関係者を驚かせた。その後2011年4月に完全子会社化が実施され翌年2012年には本体と統合、60年余り続いた「SANYO」のブランドは幕を下ろした。

この大型M&A劇、グローバル戦略を見越したパナソニックの電撃作戦、とみていい。三洋が得意とする二次電池や太陽光発電技術を獲得し、乾電池、蛍光灯から白物家電、住宅までをも網羅した、世界にまれにみる「一気通貫」の総合家電企業として顧客の囲い込みを図った。パナソニックが連呼する「まるごと戦略」の真骨頂である。

しかし一方では、三洋が擁する二次電池の主流、「リチウムイオン電池(LIB)」の技術が中国に流出することを阻止しようとする日米両国の国家安全保障上の思惑も見え隠れする。

LIBはスマホなど携帯端末やEVなど今やIT関連機器にとっては必要不可欠な電源、「キーデバイス」だ。そして、そっくりそのまま軍事分野でも欠かせない、重要アイテムでもある。これらの電池は、個々の将兵が抱える多種多様な携帯型通信・IT機器はもちろん、各種兵器・装備の電源として重宝されている。

三洋のLIB事業は世界トップクラスで、携帯電話向けでは世界首位のシェアを誇る。LIBに関する特許件数も他社を圧倒し、二次電池に関する研究開発力やノウハウの蓄積は競合他社が羨むほどだ。

目下、LIBの防衛利用として最も注目されるのが、日本における「通常動力型潜水艦」への搭載であり、この分野でわが国は世界トップを走っている。「通常型」とは「原子力潜水艦」に対する旧来型の潜水艦のことで、通常は大気中の酸素を使ったディーゼルエンジンで航行・蓄電を果たし、潜航時は充電した電力で航行する。しかし、既存の鉛蓄電池ではせいぜい数日の行動が限度。しかしLIBは鉛蓄電池に比べると、重量容積あたり2倍以上のエネルギー密度があり、可能充放電回数も1・5倍以上と極めて優秀で、短時間充電が可能であり、さらに放電によるパワー低下も少ない。もちろん小型軽量であるから、海面下に潜んで隠密作戦を行う反面、スペースに限りのある潜水艦にとっては、「良いことずくめ」のアイテムといっていいだろう。

海上自衛隊は現在配備中の世界最大の通常型潜水艦「そうりゅう型」(全9隻建造予定、現在4隻竣工。水中排水量4200トン)に、このLIBの搭載も予定しており、「そうりゅう型」が推進機関として採用する新機軸の「AIP(非大気依存推進=スターリングエンジン)」との組み合わせで、潜航時間や航続距離、瞬発力が格段にアップする、と見込む。詳細は「秘中の秘」だが、三洋の技術が盛り込まれているのは明らかだろう。中国の海洋膨張戦略を警戒する日本にとっては有力な「切り札」となるはずで、逆に中国にとっては厄介な存在だ。

グローバルな軍事作戦を念頭に置くアメリカ軍にとってもLIBは必須アイテムと映る。とりわけ注目なのは戦車をはじめとする軍用車両や軍用機、軍艦への応用で、EV化・ハイブリッド化により化石燃料の消費を減らすことを真剣に考えている。電力ならば火力や原子力、太陽光発電などで比較的簡単に調達が可能で、融通性にも優れる。一方石油依存型の兵器体系は、「燃料確保」がどうしてもネックとなる。昨今の原油高騰を考えれば軍隊が消費する燃料代もバカにならず、それ以前に将来の国際情勢を考えると石油調達自体に支障が出ることも考えられる。

こうしたことから、三洋の持つLIBは日米にとって絶対に中国には渡せないコア技術と考えるべきだろう。しかし三洋の身売りを巡っては、一時中国の家電メーカー・ハイアール集団が触手を伸ばしていた、との説がある。以前から同社は三洋と白物家電で提携関係にあるなど親密な関係にあった。こうしたことからハイアールによる三洋獲得の可能性が、業界関係者の間でかなり以前から噂されていた。

もっとも、当時三洋の株式の大半を握っていたのは、アメリカの投資銀行・ゴールドマン・サックス(GS)であったため、現実問題として中国企業への売却は難しかったかもしれない。2008年のリーマンショックでGSも大きな損失を被り、この穴埋めとして三洋の売却を急いでいたのは事実で、ハイアールが破格の値段を内々に提示した、という可能性も考えられる。しかしアメリカには国家安全保障に影響のある事業を海外企業に売却しようとした際、当該M&A自体を白紙にできる「エクソン・フロリオ」条項や、これを運用する一種の政府機関CFIUSの「もの言い」が控えているため、仮に「三洋のハイアールへの売却」があったとしても、少なくとも二次電池事業などを切り離した買収劇、となる可能性が高かったと思われる。

ここに挙げてきた例は世界的な企業ばかりであり、氷山の一角に過ぎない。中小企業や技術者個人のレベルでの「侵略」は日常茶飯事であり、中国本土でなくとも韓国や台湾の多くの企業が中国経済の強い影響下にある。マスコミは単なる経済ニュースとしてしか報じないが、日本の経済活動、特にITをはじめ先端技術は最早「戦略物資」であり、米中冷戦下にあることを肝に銘じておく必要があるだろう。

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