空想科学対談2025年のIT批評③ 『ゲーミフィケーション』が言われなくなる世界で

ARCHIVE

井上明人

 

登場人物

池上 梓(53) 1972年生まれ、専門は情報社会学。慶早大学客員教授。著書に『リアリティの権利とテクノロジー』(2020)、『〈わたしの世界〉はいかにあるべきか』(2021)。コメンテーターとしてTVなどでも活躍する。

 

牛邊芳紀(28) 1997年生まれ、ウェブクリエイター/RTTデザイナー。多数のゲーミフィケーション/RTTの設計に関わる第一人者。2013年麻布高校在学中に『最もエキセントリックな高校生』としてメディアで紹介されたのをきっかけに各方面で活躍をはじめる。

■データの解析がやりやすいほど、リアリティも捉えやすい

 

池上「RTTという言葉が出てきた背景にはもう一つの背景がある。昔から、インフォグラフィックス、サウンドロゴ、アジテート的な為政者の演説など、単なる文字情報以外の形で効率的に情報を伝えるという手法はあったわけだが、それぞれの技術が独立して存在するのではなく、それらの技術が統合的に結びついてきた。

なので、定義としては、『ゲーム/ストーリー/映像/音楽/SNSを統合的に用いて、現実空間と仮想空間のさまざまな技術を用いて人々の感覚を調整する技術』ということになっています」

――インフォグラフィックスは、日本では未だにIT業界にしか根付いていませんが、一枚紙か何かで情報やデータをグラフィック・デザイナーなどが効果的に表現したもののことですね。

牛邊「はい。ええ。まあ、それは広くとった『定義』ですよね。実は、私は、全然ピンとこない。なんで、RTTという概念構築が必要とされたかというと、インフォグラフィックスの発展版よりは、やはりゲーミフィケーションの発展版です。個人的には、リアリティプロセスのチューニングの話と、リアリティプロセスの技術群の話は分けたいと思ってます。

インフォグラフィックスが、なぜ違う話かというと、どうしても情報を与えるプロセス制御をするという発想が薄い。エンターテイメントで使われている映像や音楽といったテクノロジーと、RTTを分ける大きなポイントの一つは、何度も言いますがプロセス制御をするという部分です。ゲーミフィケーションは、その点でRTTとの連続性が非常に強い。インフォグラフィックスはRTTの部分技術であって、ゲーミフィケーションはRTTの部分集合です」

池上「あと、学問分野でいうと、行動経済学とか、行動科学系といった部分も関係するよね。昔から、近いアイデアはいろいろあったと思うけど、ユビキタス、AR(拡張現実)、O2Oという話と連動して、どんどんどんどん、『アイデア』だったものが具現化していく歴史なのかな、という気がします。

ただ、未だに、その『プロセス制御』という部分がピンときていない人は多いと思うけれども……」

牛邊「要するに、さっき話していた話ですよ。『この対談の読者はどういうプロセスでこの対談を手にとるのか』『タイトルを読んで何を思うか』『どの順序で読み進むか』『読んだ後にどうするか。口コミをするのか。しないのか』ということをまず考えましょう、と。そして、そのうえで、その一連のプロセスのなかに技術的介入をはかれるかどうかを考えましょう、ということですね。本の読者がどういうセンテンスを好むか、ということを途中で判定して、本のセンテンス構造を変える、なんていうのはよくあるRTTです」

――たとえば、この対談に手をいれるとすると、私は何ができるでしょうか。

牛邊「できることはけっこう限られますね。予算も少ないでしょ? これ。昔ながらの原稿整理ぐらいじゃないかな。それにあれです、まず、最初の企画段階が一番重要なんですよ。そこにRTTデザインの人間は入れてほしい。

たとえばですよ、この対談の編集だとか、読者のアイトラッキングだとか、読者の読書履歴を反映した情報提示順序の変化だとか、そういうのは予算があればできますよ。ただ、一番重要なのはですね、たとえば、パソコンを売りたいなら、2ちゃんねるのニュースサイトに広告出稿をするよりも、kakaku.com のような『買う気まんまん』の状態の客がいるところでアピールをしたほうがよっぽどいい。だから、『パソコン売りたい!』なら、ニュースサイトを作るんじゃなくて、パソコンの小売とダイレクトに関係した情報サイトをつくったほうが、はるかにいいわけですよ。

そういうお客の属性情報や、その時のコンテクストみたいなものが大事だ、というのは散々いわれてきていて、話自体はもう、ぜんぜん新しくないけど。編集者が何をしたいかの戦略がおおざっぱに描けてない状況下だと、私の得意なRTTのプロセス制御は厳しいね。

読者の欲望自体を強引に喚起させるのは、どちらかというとゲーミフィケーションと呼ばれやすい範囲のテクニックのほうがやりやすいけれども……。まあ、一番低予算で、てっとりばやく、よろしくというのであれば、オンラインのビブリオバトルサイトのネタとして使ってもらえるように、モニター読者に送りつけるとか、やってみたらどうですか?」

池上「ビブリオバトル、というのは、『読んで面白かった本を順番に紹介して、全ての本を紹介しおわったあと、一番読みたくなった本を、投票で決める』というゲームのことだね」

牛邊「ええ、2007年に京大からはじまった読書会の形式ですね」

池上「今まで何度も、『消費者がどういった状態で手に取るか』というコンタクト・ポイントの話はされているよね。ただ、話自体は昔からのものでも、データマイニングによってユーザーの細かい情報の分析ができるようになってきたことが大きいわけ」

牛邊「そう。ユーザーの望んでいるものを、高速に把握したり、昔よりも高い精度で把握したりする技術ですね。

あと、データマイニングの話だと個人情報保護法の問題は、とても大きい。ごく単純にRTTの設計者サイドからの事情だけで言えば、可能な限りたくさん情報は欲しい。事前情報の分布や、多変量のデータ解析がやりやすいほどに打てる手は増えてきます。

たとえば、RTTのもっとも進んでいる地域の一つが韓国ですが、これは明らかに国の情報通信政策と関係しています。あの国はもう、ずっとイケイケどんどんでやっていますからね。

2020年ごろに個人情報保護法も大幅に緩和されて、ユーザー側からのオプトイン形式であるという部分さえ担保しておけば、かなりのことが事業者に許されるようになった。このおかげで、ユーザー側のリアリティの変化がどう起こったのか、ということがかなりダイレクトにわかるようになり、この10年で一挙にRTT先進国になりました。

韓国ですすんでいるRTTは、大きな括りでいえば学習系だとか、リアリティ強化型と言われるものですね。さっき言った、英語学習とか、歯ブラシ、予防医療……そういった分野での進展が非常に激しい」

池上「ほぼ同時期にシンガポールでも同様の政策が採られていても、シンガポールはそこまでRTTが進んでない。なぜだろう」

牛邊「いや、ある意味ではシンガポールも進んでいるんです。ただ、韓国とは性質が違う。シンガポールは、やはり民族的多様性が極めて大きいですから、消費者の解析とかをやってもそれほど、大きくまとまったクラスターにならない。費用対効果がどうしても、韓国より悪くなるというのが一番の原因だろうと思っています。シンガポールで進んでるのは、クラウドワーキング系のサービスですね」

■貨幣抜きで生活できるか〜コミュニケーション円滑装置としてのRTT

 

――ところで、お昼になりましたので、休憩を挟みたいと思うのですが、池上先生にはお弁当を用意いたしましたが、牛邊先生はお弁当を持参されるということでしたが、よろしかったでしょうか……。

牛邊「ああ、はい。弁当ね、もってきますよ。ちなみに、なぞの自慢をしますけど、この弁当、実は1円もかけてないんです」

――え?

牛邊「実は、3年前から、仕事の経費と税金以外のプライベートでは、一切お金を使わずに生活する、ということを試みています。これも、毎日お弁当をくれる人がいるので、朝にお弁当をうけとってきたんです」

池上「お金を使わないっていうのはどういう形で生活を成り立たせているわけ?」

牛邊「お金以外での価値交換をするクラウドワーキングサイト『ファン・マッチ』というのを、大学時代の友人と3年前から一緒に運営しています。今200万人ぐらいの会員がいて、それを利用しています。

このお弁当をつくってくれているのは、近所の弁当屋のおじさんなんですが、この人がなかなか向学心のある勉強家なんです。サイト上で『大学院週課程相当の指導してくれる方に、週5日、毎日お弁当を1食さしあげます』という条件で募集していてですね、まあ、具体的には、彼の論文指導を月に1回しています」

池上「なるほど。生活費も本当に一切使ってないの?」

牛邊「いや、さすがに完全ではないです。医療とかの臨時支出とか、一切コネではどうしようもない通信費や電気代にはどうしても、お金を使います。ですが、固定費のなかでも居住費、食費、衣料費みたいな部分はかなりの部分は、お金はほとんどかけてないです。自宅も、家賃は払ってなくて、積立修繕金と管理費・共益費しか払ってません。数年来のクライアントがいるんですが、彼と私で一緒につくった、あるCGMサービスのメンテナンスに関わるコンサルティングを、無料でやるのと交換条件に、彼のセカンドハウスを使わせてもらって暮らしてます」

池上「つまり、無料で労働する代わりに、何かをタダで受け取っているという感じだね。昔から、田舎だとかの農村では、そういうふうにして生きている方はけっこういたけど、牛邊くんがそういう生活をしているとは意外でした。都市のなかに農村的生活を復活させようとしている、という感触だね」

牛邊「おっしゃるとおり、昔の田舎の農村の生活に近いんですよ。なんで、これが現代の都市生活でいままで不可能だったかというと、信用情報や、評価情報をもとにしてコミュニケーションをとるためのコストが高かったことが問題なんです。農村の経済生活がどうして、貨幣の占める割合が低くて大丈夫かと言えば、信用情報の入手コストが低い。それが大事です」

池上「20年以上前から、ヤフーオークションとかでは、取引相手の信用情報をもとにして、不安定な取引を成立させているよね。ああいった仕組みとは違った形でやってる?」

牛邊「近いんですけれども、一つ大きく違うのが、不特定多数の人が、不特定多数の人と取引する関係性のなかで、信用情報をうまく用いているのがヤフーオークションの仕組みですけれども、『ファン・マッチ』の場合は、特定少数対特定少数の関係をうまくデザインしているんですね。

具体的には、弁当屋のおじちゃんが、私のことを信頼している、ということについて『ランク』があるんです。レベル1が、『いい仕事をしてくれました』という信用。そうではなく、レベル10の『この人の大ファンです』という関係を相互に結べてはじめて契約が成立してるんですね。このステップアップして、契約結ぶまでが楽しい。

たとえば、私が病気で弁当屋のおじちゃんに論文指導できないことがあるとするじゃないですか。その時、弁当屋のおじちゃんが『代わりの先生をよこせ』とか言いだしたら、この話は成り立たないんです。『そっか、牛邊くん、お大事にね。でも、なんか埋め合わせしてね』ぐらいの雰囲気の相手じゃないと、だめなんですよ。あくまで、私個人で弁当屋のおじちゃんと取引しているので、それができないとダメ。私のほうでも、弁当屋のおじさんのお弁当が食べられない日があったら、そのときはコンビニで弁当を買って済ませる」

――要するに弁当屋のおじさんと、仲の良いお友達だということでしょうか?

牛邊「結果としては、そうなんだけど、『こいつとは仲のいい友だちになれそうだ』というのをうまく発見するサービスだということです」

池上「失礼な言い方になるかもしれないけど、『仕事の出会い系サービス』とでもいったような印象を受けるね……」

牛邊「その表現は、非常に正しいです。だから出会い系になるとまずいんで、異性間取引を少なくするために、わざわざ『男性版』と『女性版』を分けて運用していますが、このサービスには恋愛関係じゃないことに、出会い系サービスで使われてきた方法論をそのまま適用しました。たとえば、ゼロ年代から、出会い系サービスには、『赤い糸検索』というのがありまして……」

――なんですか、それ(笑)

牛邊「たとえば、『私の好きな女性のタイプは、大卒/日本人/キリスト教徒/タバコを吸わない/趣味が読書』と打ち込むと、プロフィール欄にその条件に近い人がリストアップされるわけです。……が、実は、検索上位の人は単にこちらの検索条件にマッチするだけでなくて、女性の側で『私の好きな男性のタイプ』に『趣味:読書/大学院卒/年収600万円以上』ということが入力してある。要するに私のプロフィール欄が『好みである』という女性が優先的にリストアップされるわけですね。そのマッチングのトータルスコアを見ている。これを、そのまま『ファン・マッチ』では応用してます」

池上「とても面白いね。ゼロ年代初期にSNSが出てきた時にそういう可能性は議論されましたが、出会い系を経由して成立しているというのも面白い。リアリティが分裂している人間同士のコミュニケーションをどのようにして円滑に調整していくか、というのはまさしくリアリティの調整だと思う。でも『何を考えている相手なのか、わからない』相手と、うまくリアリティの相互調整をする技術として、そもそも貨幣というシステムがあった。RTTの観点からして貨幣というのはどう捉えてるの?」

牛邊「『貨幣』はすごいですよ。リアリティをチューニングするためにベーシックに必要とされる要素が全部そろっている。多様な人々のリアリティを調整するためのテクノロジーとして、人類史上もっとも成功した技術として『貨幣』にまさるものはないでしょうね。

まず、抽象的な価値を、具体的な『モノ』に固着させてしまうことで価値の見える化を実現していますよね。第二に、社会の構成員が揃って『これは価値があるものだ』ということを言い立てるというソーシャルリワードの要素が要請されてます。第三に、『貨幣』が生きる手段なのか目的なのか、多くの人が混同するような構造を持っている。この混同を生み出すことはいわゆる『ハマる』状態にとって重要です。

ただ、みんな知ってるけど、貨幣というシステムはいろいろな欠陥も持ってるわけです。特に信用情報の扱い方が、貨幣システムだと難しいことが多い」

池上「そう、それで、いろいろな貨幣以外の仕組みを補助するためにヤフーオークションのような信頼情報のような仕組みが必要になったり、それぞれの銀行が顧客との取引履歴を信頼情報の代替パラメーターとして用いたり、いろいろしてきたわけだね。取引を何十年ぶんも蓄積することで、信用情報としての性質をもった新しい貨幣を作ろうという伝播投資貨幣のpicsy という取り組みもあります。牛邊くんは、信用システムの構築で重要になる部分はどこだと考えているの?」

牛邊「貨幣論は専門外ですけれども、ウェブサービス的な言い方をさせてもらうと、重要なのは多重アカウントの処理だったと思っています。同一サービス内における多重アカウントを許可するか、どうかという判断ですね。多重アカウントは禁止されたほうがいい、という議論をする人が一般には多いですが、実はここ10数年、Google や、Twitter などの大手サービスで、多重アカウントを許す傾向にある」

池上 多重アカウントが多いと、信頼性が担保されないのではないか、という議論もあるし、その点はどう?」

牛邊「多重アカウント禁止のサービスと、多重アカウントOKのサービスが両方ある、という状況でないとむしろマズイと思いますね。新しいタイプの仕事に手をだすと、初期はしばしば失敗続きになるわけで、デファクトスタンダードになっているたった一つの信用システムしかない状況下で、その失敗続きの履歴ばかりが蓄積され続けると、次第にその人は流動的な労働市場からパージされるしかなくなってしまう。それは最悪でしょう。

だから、若い人は多重アカウント系のサービスで。ベテランは、単一アカウントのサービスで、という区分けがされている現状は悪くないと思っています。」

池上「なるほど。『信用を担保するメカニズム』だけだと、『失敗を許すメカニズム』と衝突してしまう、ということだね。その二つを両立させようと思うと、複数のサービスがある状態でないと厳しい」

牛邊「単一のサービスだけで、その両方を実現するのはやはり厳しいと思っていますね。『お金をもらってやっている限りは、常に顧客の満足度を保証せよ』みたいなことを言う人もいますが、そんなこと言ってたらイノベーティブな試みなんて、巨大組織以外では、できなくなります」

 

※この記事は『IT批評 VOL.3 乱反射するインターネットと消費社会』(2013/3/20)に掲載された記事をもとに構成しています。