米中IT冷戦~「戦略物資」としての先端技術

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深川孝行

 IT分野における覇権を賭したアメリカと中国との「水面下での戦い」が激しさを増している。「米中IT冷戦」とも呼ぶべきせめぎ合いは、もちろんアメリカの同盟国・日本にとっても無縁ではない。「米中IT冷戦」の最前線を追う。

両国の確執が露呈した「グーグル問題」

 

2010年1月に勃発した「グーグルと中国との対立問題」。グーグルは自社を含め、20社以上のアメリカ企業が中国当局のサイバー攻撃を受けていると猛烈に批判、これまで甘んじてきた検索結果に対する検閲を拒否したため、中国はグーグルの国内アクセスを遮断、外交問題にまで発展した。当時のクリントン米国務長官は中国側の行為を人権侵害と強い口調で非難、両国に横たわる「IT冷戦」の構図が一気に表面化した格好となった。

グーグルはその後中国本土での検索サービスから撤退、根拠を香港に移して本土向けの中国語サービスを維持する戦術に出る。また2012年に入ると、チェックされる危険性の高い語句の検索アクセスに対し、グーグル自らが当該ユーザーに「警告文」を表示するサービスを展開する。中国の巨大な検閲システム「金盾(グレート・ファイアウォール)」に対する明確な抗議だ。これに対し中国側は同年11月、グーグルのトラフィックを再び中断するという強硬策に出る。新指導部を選出する党大会を間近に控えた「言論統制」の予防措置だ。この暴挙にグーグル側も即座に反撃、中国当局が検閲する可能性のあるキーワードを中国本土から検索アクセスした際、画面上に「切断される可能性があるがグーグルのせいではない」との警告文をあえて表示、徹底抗戦の構えをみせるかに見えた。グーグル側の対抗措置もここまでだったようで、12月には独自の検索機能を終結、中国での商品検索サービスも終了するなど、中国市場への関心を急速に失いつつある状況にある。

両者の対立の背景には、ITビジネスを巡る米中の覇権争いという構図が見え隠れする。世界最強の検索サイト、グーグルの中国進出に対して中国側は、国内のネット市場がアメリカに牛耳られてしまうのでは、と危機感を募らせた。このためグーグルに対して難癖をつけて自国市場での拡大を邪魔する一方、〝官製〟検索サイト「百度(バイドゥ)」の成長を全面的に後押しし、グーグルの勢力拡大を徹底的に阻止している。まさに巨大なeビジネス市場、中国を舞台にした米中の経済戦争ともいえるだろう。

またこれには、人権弾圧政策をとる中国共産党と民主化を標榜するアメリカとのせめぎ合い、といった構図も見て取れるだろう。「グーグル」という〝武器〟で、非民主的な体勢を死守しようとする中国に風穴を開けようとするアメリカ、そして金盾でネットを徹底的に検閲しようとする中国との攻防である。もちろん中国側にはアメリカが構築する強大な諜報システム「エシュロン」への対抗措置、という意味合いもある。

一方、2000年代に入ってから、中国によるアメリカ企業のM&Aも急拡大の一途にある。特に昨今は、IT・軍事関連企業に対する「狙い撃ち」を思わせる事例も徐々に目立ちはじめている。そして実際に、アメリカ政府や議会が、国家安全保障上の脅威を理由に買収案件の白紙撤回や全面見直しで臨む事例が増えている。

2000年以降に国家安全保障の観点から問題視されたり計画撤回や変更を余儀なくされた主な買収案件は次の通りである。

●2003年5月:香港・長江財閥系の通信・港湾企業、ハチソン・ワンポアがシンガポール企業と共同で海底通信ケーブル企業グローバル・クロッシングの買収を計画するが、CFIUS(対米外国投資委員会)が懸念を表明し香港企業が断念。

●2004年12月:聯想集団(レノボ)がIBMのPC事業を買収。しかしCFIUSから、情報へのアクセス制限やIBM研究施設への中国人立ち入り厳禁などの厳しい制限がつく。

●2007年3月:中国政府系ファンド、ソブレイン・ウェルス・ファンズ(SWF)が投資ファンド、ブラックストーン・グループ(BSG)へ出資。BSGはアメリカ国内の軍事・航空宇宙関連企業に幅広く投資。議会で問題視され、中国側はBSGの発行済株式数の10%を保有しないこと、議決権のない普通株に限ると約束、あくまでも純粋な投資目的である旨をアピール。

●2008年3月:華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)がNWセキュリティ企業3Comに対し出資を検討するが、CFIUSが異議を唱え断念。

●2009年12月:中国政府系の米現地法人ノースウエスト・ノン・フェローズ・インターナショナルがネバダ州の鉱山企業フォーストゴールドの買収を計画。だが近隣に海軍航空基地があるとして許可が下りず。

●2010年中頃:華為技術が2wire、モトローラへの投資を計画するがCFIUSの異議で頓挫。

●2010年5月:華為技術が小型サーバー企業3Leaf システムズを買収するが、ペンタゴンが異議唱え買収を白紙に。

●2010年6月:唐山曹妃甸投資(TCIC)が光ファイバー・太陽光モジュール企業エムコアの買収図るが、CFIUSによりファイバー、オプティクス事業の買収計画は撤回。

またこれに加え、米下院情報特別委員会は2012年10月、中国のファーウェイと中興通訊(ZTE)を国家安全保障上危険な外国企業として結論づけた。ちなみにファーウェイは今や世界第2位の通信機器メーカーとして台頭、一方ZTEも通信機器やネットワーク・ソリューション企業として頭角を現しており、近年は特にスマートフォンに力を入れている企業。アメリカは2社の通信機器がネットワーク上でスパイ行為を行い、アメリカ国民の情報が流出していると指弾、アメリカ国内におけるM&Aの阻止やアメリカ政府による両社製品の使用禁止を要請するなど、中国企業に対する警戒感は強まる一方である。

ソフトバンクの巨大買収劇にも波紋

 

2社に対するアメリカでの排斥運動は、ソフトバンク(SB)が仕掛けた巨大買収劇にも思わぬ波紋を投げかけている。SBは2012年10月、アメリカ第3位の携帯電話会社スプリント・ネクステルのM&Aを電撃発表。1兆6000億円という「買い物」でSBの総帥・孫正義氏の意気軒昂も束の間、SBの子会社が2社の通信機器を使用している点にCFIUSなどが強い関心を抱いているという。

一部の情報によれば、SBが行う通信インフラ関連の設備投資額の実に10%がこの2社の機器の購入に費やされていると言われ、アメリカ側はこの部分を「SBと2社との蜜月関係」と見る可能性も捨て切れない。大方の見方ではM&A自体が白紙になる可能性は極めて低い、とも言われているが、反面ファーウェイ、ZTEの通信機器を全面撤去するなど、2社との親密度を薄める措置が必要になってくるかもしれない。

また、SBが中国本土で展開するさまざまなネットビジネスに対し、アメリカ側が「中国政府や軍部との関係が深い」と警戒感を抱く可能性も捨て切れない。特に中国最大のEコマース・アリババはSBが筆頭株主であり、その傘下にある淘宝網(タオバオワン)は中国市場の実に8割を押さえる消費者向け電子商取引・ウェブサイトを展開、また支付宝(アリペイ)も中国国内に3億人超のユーザーを抱えている。ネット分野で中国と蜜月であるSBが、自国の携帯電話会社を傘下に収めるという構図をアメリカがどう判断するのか、予断を許さない。

 

日本の「安全保障」銘柄の危機

 

2011年1月、NECがレノボとPC事業で電撃提携を果たした。両社の合弁企業「NECレノボ・ジャパン・グループ」を国内に設立、NECのPC事業を新会社に移管しレノボの主導に進められていくという計画だ。業績低迷に苦しむNECにとってはまさに「干天の慈雨」といったところだろう。

しかしこの提携劇に対し、日米の安全保障にとって問題があるのではという指摘が、軍事専門家の間から持ち上がっている。1つは「防衛技術の流出」、そしてもう1つは「法人顧客情報の流出」に対する懸念だ。

まず前者に関して、NECは見落とされがちだが「日本屈指の防衛関連企業」

である。たとえば2010年度における防衛省の中央調達実績(事実上の武器関連調達額)は総額約1兆4700億円に上るが、その調達先の内訳を見ると、トップである三菱重工の約2888億円を皮切りに、2位川崎重工(約2099億円)、3位三菱電機(約1153億円)と続き、NECは第4位で約1151億円。続く5位、6位には富士通と東芝が控えるが、いずれも500億円台と半分ほどで、いわゆる弱電分野では群を抜いた調達先だ。

なかでもNECの得意領域は「防衛(軍事)におけるIT分野」で、軍事専門用語でいう「C4ISR」で、Command(指揮)、Control(統制)、Communication(通信)、Computer(コンピューター)、Intelligence(情報)、Surveillance(監

視)、Reconnaissance(偵察)の領域である。要するに自衛隊(軍隊)の中枢神経に当たっており、21世紀の戦争では、戦車や戦闘機、軍艦の数や個々の性能よりも、このC4ISRの優劣で雌雄が決するとまで言われている。

具体的には、

●04式空対空誘導弾(空対空ミサイル)をはじめとする国産AAMの誘導装置、信管装置

●師団通信システム(DICS)

●航空管制用レーダー(ラプコン/GCA)J/FPG-8・3型

●新野外通信システム(広帯域多目的無線機)

●個人用暗視装置(JGVS-V8-B)

●Xバンド通信中継機(衛星通信用)

●中央通信システム専用通信

●無線通信装置(NZRC-1F)

●潜水艦用ソナー

などといった、国産武器における神経中枢の「ブラックボックス」の大半を同社は受け持つ。またこれらに加え、

●日本版GPS(準天頂衛星)

●各種アビオニクス

●クラウド・サーバー技術

など、民生向けながらも防衛技術と直結する分野でも実力を発揮する。もちろんこれらは世界トップクラスの性能であり、その詳細はわが国の国家安全保障上の「極秘」である。

このようにNECが擁する軍事技術の「宝の山」に対し、中国が無関心であるはずがない。むしろ「喉から手が出るほど」欲しいアイテムばかりだ。これを考えれば、業績低迷に喘ぐNECに対し、中国側は「レノボ」という〝尖兵〟を使って、軍事技術収集のための橋頭保を築いた、と危惧してもおかしくないだろう。

ただしNECの防衛関連事業は100%子会社の「NEC航空宇宙システム」

が専任事項とし、本社と完全に切り離している。当然レノボの中国人社員が出入りするということはないはずだが、将来、NECとレノボとの「蜜月関係」をアメリカ側が「問題あり」とする可能性は十分あり得る。事実、前述したレノボによるIBMのPC事業買収に関しては、アメリカ規制当局が国家安全保障上の観点から一時「待った」を掛けている。このときは米中関係の悪化も憂慮するホワイトハウスの高度な政治的判断も手伝い、最終的にOKとなったものの、買収に関しては情報流出防止に関する厳しい「タガ」を幾重にも嵌めるという条件を課せられた。つまり今後NECがアメリカへの武器輸出や武器の共同研究に参加する際、「レノボとの提携」が「ノドに刺さったトゲ」の如く邪魔する可能性も十分想定できるわけである。

先の民主党、野田内閣は2011年12月に「武器輸出」の大幅緩和を決意、これまで「武器輸出三原則」の名のもと、同盟国アメリカに対するごく一部の例外(ミサイル防衛に関する技術移転など)を除き一切の武器輸出を認めなかった国是を180度転換した。これによりわが国の企業はアメリカなど旧西側諸国との日本の安全保障に利する外国への武器・防衛関連技術の供与や国際共同開発への参加が可能となり、日本の防衛産業界は大いに喜んだ。

同時にこの決定は「アジア重視=中国封じ込み」戦略を打ち出した2期目のオバマ政権にとっても大歓迎のはず。技術力はもちろんのこと、民生品を通じて磨かれた品質管理、量産技術はアメリカのC4ISR力アップに大いに利するからだ。

すでに、次期戦闘機として開発中のF-35戦闘機への共同開発参加やミサイル防衛に関するミサイル類、レーダー、各種センサー、潜水艦探知、ロボット、2次電池、セラミック、炭素繊維など、アメリカが日本に期待する軍事技術は多岐にわたる。

これらの相当部分がNECの得意領域であり、当然ペンタゴンに売り込みを図るはずである。しかし前述した通り「レノボ」の件が大きな問題として立ち塞がる可能性は捨て切れない。

高度な軍事技術が中国側に流出することへの懸念はもちろんのこと、NECとのアクセスによって、逆にアメリカ側の武器技術が中国側に渡ってしまうのでは、という心配がある。「レノボ製PCを介して情報が中国側に流出するのでは」との懸念である。

今回の提携でNECのPC事業は事実上レノボの傘下に入るが、NECの「バリュースター」と「レノボ」の2つのブランドは当座の間並立して存在させる方針である。しかしやがては「レノボ」に収斂されていくはずだ。NECは法人需要に強く、日本の優良企業の多くをクライアントに抱え、もちろんITソリューションの一翼としてPC端末を多く供給する。つまり近い将来、こうした法人の大多数のPCは「レノボ」と差し替わることを意味する。裏を返せば、「中国製端末を介してさまざまなデータが北京に筒抜けになる」との不安を内包するということである。

事実、政府が自国企業の通信ネットワークや情報を監視し、自由にアクセス、

情報収集できる、というのが中国のお国柄だ。こうした問題は前述したレノボによるIBMのPC事業買収劇の際にも噴出、さまざまな「タガ」のなかには、「連邦政府が顧客だと分かる顛末に対するレノボのアクセス禁止」「IBMの記録に対する中国政府のアクセス禁止」という項目まであるほど。加えてアメリカ議会などからは「ペンタゴンやCIA、FBIなど安全保障に関わる政府機関でのレノボ製PCの使用・調達は控えるべき」との議論まで持ち上がり、国務省では中国製PCによる機密の扱いが禁止されるなど、政府機関での「レノボ排除」が着々と進められている。

これに比べると日本の対応は少々無頓着といってもよく、政府機関、とりわけ防衛省/自衛隊や海上保安庁、警察の警備・公安部門などでの「中国製PC禁止令」「レノボ提携後のNEC製PCの取り扱いについて検討」という話はほとんど聞かれない。それどころか三菱商事は2012年10月、PC8800台をNECからレノボに変更すると発表するなど、日本企業の「レノボシフト」が徐々に進行しつつある。三菱商事といえば日本の貿易を支える尖兵であり、わが国の経済・外交戦略を左右する情報を握るグローバル企業でもある。自衛隊向けの外国製武器・装備の輸入にも携わる、隠れた「防衛関連企業」でもあるだけに、コスト重視だけの安易な中国製PCの導入には警戒が必要だろう。

間一髪? だった三洋電機

 

2008年パナソニックが三洋電機を買収し完全子会社とすると発表、業界関係者を驚かせた。その後2011年4月に完全子会社化が実施され翌年2012年には本体と統合、60年余り続いた「SANYO」のブランドは幕を下ろした。

この大型M&A劇、グローバル戦略を見越したパナソニックの電撃作戦、とみていい。三洋が得意とする二次電池や太陽光発電技術を獲得し、乾電池、蛍光灯から白物家電、住宅までをも網羅した、世界にまれにみる「一気通貫」の総合家電企業として顧客の囲い込みを図った。パナソニックが連呼する「まるごと戦略」の真骨頂である。

しかし一方では、三洋が擁する二次電池の主流、「リチウムイオン電池(LIB)」の技術が中国に流出することを阻止しようとする日米両国の国家安全保障上の思惑も見え隠れする。

LIBはスマホなど携帯端末やEVなど今やIT関連機器にとっては必要不可欠な電源、「キーデバイス」だ。そして、そっくりそのまま軍事分野でも欠かせない、重要アイテムでもある。これらの電池は、個々の将兵が抱える多種多様な携帯型通信・IT機器はもちろん、各種兵器・装備の電源として重宝されている。

三洋のLIB事業は世界トップクラスで、携帯電話向けでは世界首位のシェアを誇る。LIBに関する特許件数も他社を圧倒し、二次電池に関する研究開発力やノウハウの蓄積は競合他社が羨むほどだ。

目下、LIBの防衛利用として最も注目されるのが、日本における「通常動力型潜水艦」への搭載であり、この分野でわが国は世界トップを走っている。「通常型」とは「原子力潜水艦」に対する旧来型の潜水艦のことで、通常は大気中の酸素を使ったディーゼルエンジンで航行・蓄電を果たし、潜航時は充電した電力で航行する。しかし、既存の鉛蓄電池ではせいぜい数日の行動が限度。しかしLIBは鉛蓄電池に比べると、重量容積あたり2倍以上のエネルギー密度があり、可能充放電回数も1・5倍以上と極めて優秀で、短時間充電が可能であり、さらに放電によるパワー低下も少ない。もちろん小型軽量であるから、海面下に潜んで隠密作戦を行う反面、スペースに限りのある潜水艦にとっては、「良いことずくめ」のアイテムといっていいだろう。

海上自衛隊は現在配備中の世界最大の通常型潜水艦「そうりゅう型」(全9隻建造予定、現在4隻竣工。水中排水量4200トン)に、このLIBの搭載も予定しており、「そうりゅう型」が推進機関として採用する新機軸の「AIP(非大気依存推進=スターリングエンジン)」との組み合わせで、潜航時間や航続距離、瞬発力が格段にアップする、と見込む。詳細は「秘中の秘」だが、三洋の技術が盛り込まれているのは明らかだろう。中国の海洋膨張戦略を警戒する日本にとっては有力な「切り札」となるはずで、逆に中国にとっては厄介な存在だ。

グローバルな軍事作戦を念頭に置くアメリカ軍にとってもLIBは必須アイテムと映る。とりわけ注目なのは戦車をはじめとする軍用車両や軍用機、軍艦への応用で、EV化・ハイブリッド化により化石燃料の消費を減らすことを真剣に考えている。電力ならば火力や原子力、太陽光発電などで比較的簡単に調達が可能で、融通性にも優れる。一方石油依存型の兵器体系は、「燃料確保」がどうしてもネックとなる。昨今の原油高騰を考えれば軍隊が消費する燃料代もバカにならず、それ以前に将来の国際情勢を考えると石油調達自体に支障が出ることも考えられる。

こうしたことから、三洋の持つLIBは日米にとって絶対に中国には渡せないコア技術と考えるべきだろう。しかし三洋の身売りを巡っては、一時中国の家電メーカー・ハイアール集団が触手を伸ばしていた、との説がある。以前から同社は三洋と白物家電で提携関係にあるなど親密な関係にあった。こうしたことからハイアールによる三洋獲得の可能性が、業界関係者の間でかなり以前から噂されていた。

もっとも、当時三洋の株式の大半を握っていたのは、アメリカの投資銀行・ゴールドマン・サックス(GS)であったため、現実問題として中国企業への売却は難しかったかもしれない。2008年のリーマンショックでGSも大きな損失を被り、この穴埋めとして三洋の売却を急いでいたのは事実で、ハイアールが破格の値段を内々に提示した、という可能性も考えられる。しかしアメリカには国家安全保障に影響のある事業を海外企業に売却しようとした際、当該M&A自体を白紙にできる「エクソン・フロリオ」条項や、これを運用する一種の政府機関CFIUSの「もの言い」が控えているため、仮に「三洋のハイアールへの売却」があったとしても、少なくとも二次電池事業などを切り離した買収劇、となる可能性が高かったと思われる。

ここに挙げてきた例は世界的な企業ばかりであり、氷山の一角に過ぎない。中小企業や技術者個人のレベルでの「侵略」は日常茶飯事であり、中国本土でなくとも韓国や台湾の多くの企業が中国経済の強い影響下にある。マスコミは単なる経済ニュースとしてしか報じないが、日本の経済活動、特にITをはじめ先端技術は最早「戦略物資」であり、米中冷戦下にあることを肝に銘じておく必要があるだろう。