ソーシャルメディアの巻き込みと絞り込みがコンテンツ流通を促進する①〜 他メディアにコンテクストを生成するメディア
林 信行
ソーシャルメディアは、メディア同士を融合して新たな価値を生み出すと同時に、コンテンツ選択の指標を我々に与えてくれる。そのことは従来メディアの可能性をも左右するだろう。
震災後、既存マスメディアにも変化
3月11日、日本を襲った東日本大震災は、国内のメディアが大きく変わるきっかけとなった。余震や原子力発電所の危機的な状況が人々の生活を脅かし続けるなか、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアが大活躍したことはよく報じられている。
一方で、既存のマスメディアが、短期間にルールを変え、活躍した点も注目したい。
ラジオも脚光を浴びたが、特に印象が強かったのがNHKやTBSといったテレビ局が、放送をそのままUstream で流したことだ。
Ustream の放送ならスマートフォンやノートパソコンでも見ることができる。最初は何人かの個人が草の根的にUstream で流していたが、やがてNHKがオフィシャルなUstream 放送を始めた。
平常時なら放送法と通信法の区分など問題が山積で、行政や他局の大反発を食らうに違いないが、同協会のどこかに責任を背負って有事の対応を図れる人材がいたのだろう。
ところで、ここからが面白い。Ustream でのNHKを見続けていた人々は、ただニュースを見るだけでなく、映像の横に表示されるツイッタータイムラインで同時視聴する他の人の声を共有していた。ニュース内容への指摘やリクエストも多々あったが、やがて、これらが次々と放送に反映されていった。まずは聴覚障害者のために手話がつき、字幕がつき、さらには英語の副音声がついた。暗いニュースばかりでなく、子供向けの番組を放映すべきという声が出るとアニメが放映され、報道の仕方にも変化が現れた。
3月16日に多数リツイートされた@yopita さんの次のつぶやきが、この状況をうまく言い表している。
「NHKの対応すごいな。ネットで話題になってた、手話放送と英語放送と生活情報放送とアニメ放送しろよにちゃんと答えて放送するし、自衛隊が助けた人数とか買い占めすんなとか物資送付やボランティアするときはちゃんと連絡して調べてから行動せいとか、ちゃんと放送されてる。NHKすごい」
「巻き込み」の時代
NHKの担当者が本当にタイムラインの反応を見ていたかはわからないが、もし、実際に見て、影響を受けていたのであれば、Ustream の双方向性に可能性を感じたはずだ。
NHKに限らず、これまでUstream の放送を行ったことがある人々は、常にタイムライン越しに視聴者からのダイレクトな反応を見て、番組を面白くする技術を身につけてきた。
もっとも、NHKの担当者は、視聴者が期待しているほどタイムラインを見ていなかったかも知れない。だが、それでもいっこうに構わない。とりあえず視聴者が反応を残せる場が用意されたことで、コメントをした人は、「ちゃんと自分の意見を聞き入れてくれた」と思い込んでくれる。いずれにしても自分自身も番組の制作に関わった意識が芽生え、やがては番組の応援団になってくれる。
やや異なる例だが別の事例を紹介しよう。アメリカ人のジャーナリスト、シェル・イスラエル氏が書いた『ビジネス・ツイッター』(日経BP社・原題『Twitterville』)というツイッターのビジネス事例がたくさん紹介された分厚い本がある。
同著に書かれている70を超える事例は、筆者が自ら取材して集めたのではない。「〜〜のような事例はないか」とツイッターで聞いて、フォロワーから情報を集めたのだ。
そうやって教えてもらったいい事例は、本の中で紹介し、本の中の謝辞に名前をクレジットする。そして本の献本も行えば、情報提供者は、その本を自分が関わった本として宣伝する側に回ってくれるはずだ。
このように、今の時代は、受け手をつくり手が巻き込んでいくコンテンツやメディアが力を発揮し始めている。受け手も、自分が巻き込まれたコンテンツに対しては、より深い「絆」を感じ、長期的に関心を寄せ、場合によっては、他の人にもそのコンテンツを広めてくれる。
「巻き込む」ということは、見方を変えればコンテンツの消費者を生産者にする、とまではいかないまでも、同じコンテクスト内に取り込んでしまう、ということに他ならない。