ウェブは“空間”を資源化する〜ソーシャル時代の情報空間論 第1回

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テキスト 鈴木 謙介
社会学者 関西学院大学准教授

 

オンライン(ウェブ)とオフライン(リアル)との間における、ヒト・モノ・カネ・データの交通が激しくなっている。O2O、オムニチャネル、IoT……、キーワードは無数にあり、ウェブとリアルの融合は進む。では、リアル空間がウェブ情報と切り離せなくなったとき、それぞれをどの視点から評価すればよいのか? 内包される問題について、精力的な活躍を続ける社会学者が論じる。

 

情報によって変わる現実の見方

 

たとえば、次のような場面を考えてみよう。

毎年テレビで中継され、注目を集める大学対抗駅伝。その年はまれに見る激戦だった。1位のW大学と2位のT大学のタイム差は、ゴール手前の段階で20数秒。10位までに与えられるシード権争いでは、10位のK大学と11位のJ大学の差はたったの3秒。テレビの前の視聴者はもちろん、ゴール地点で仲間を待つチームメイトたちも、固唾をのんでレースの成り行きを見守っていたはずだ。

ところが興味深いことに彼らは、ゴールへと続くコースの先に仲間が現れるのをいまかいまかと待つのではなく、携帯電話のワンセグ放送でテレビの中継を食い入るようにのぞき込んでいたのだ。彼らの仲間を思う気持ちが、私たちが思うよりもずっと真摯なものであったことは間違いない。だがしかし、彼らはゴールで祈る代わりに、情報機器を用いて、いま仲間が何位で、何分でどの地点を通過したのかを正確に知ろうとしていたのである。

こうした事例は、現代においてはまったく特殊なものではない。「現実の空間」と「メディアの情報」を比べた場合に、現にその場にいる人よりも、メディアの情報に触れている人の方が、その場で起きていることに詳しいというケースはいくらでも思いつく。たとえば野球場の観客席で、ラジオの実況放送を聴きながら野球観戦する人や、ガイドブックを片手に観光地を歩く観光客などがそうだろう。

実は近年、スマートフォンなどのモバイル情報通信機器の普及とともに、「情報」で「現実」のあり方を変化させるような技術や、それらを用いた興味深い事例がいくつも登場している。もちろん「位置情報連動型サービス」だとか「AR」といったキーワードでウェブ技術のトレンドを紹介するビジネス書は、既にいくつも刊行されている。だから、いまあらためてそれらの技術を紹介することに大きな紙幅を割くつもりはない。ここでの目的は、そうした技術がなぜ生まれ、私達の社会をどのように変えるのかについて考察するための材料を集め、整理することだ。

とはいえ考察を進めるためには、現実を変える情報技術とはどのようなものなのか、もう少し紹介しておく必要があるだろう。図1と2を見比べて欲しい。これは、どちらもある日の同じ時間の東京都の天気を示したものだ。図1は、「Yahoo! 天気・災害」が提供する、気象レーダーによって観測された雨の様子。図2は、気象情報会社のウェザーニューズ社が運営する「ウェザーリポートCh.」※1の気象レポートだ。実はこの曇や雨のマークは、一般の利用者が携帯用ウェブサイトやスマートフォンのアプリから投稿した、そのときの気象情報なのだ。

 

図1

図1 気象レーダーによる雨雲の様子「Yahoo! 天気・災害」http://weather.yahoo.co.jp/weather/

図2

図2 一般の利用者からの投稿が示す天気

 両者を見比べると、いくつか気づくことがある。ひとつは、このとき東京と神奈川の県境で降っていた突発的な雷雨(だと報告されている)を、いずれも正確に捉えているということだ。また、八王子市付近から埼玉県にかけての雨も、どちらの地図でも捕捉されている。

一方で、海上や奥多摩地域などでは、利用者が少ない(あるいは携帯電話の電波が入らない)こともあって、気象レーダーで観測された雨が反映されていない。つまり図2の地図は、あくまでユーザーの「天気の報告」という活動の集約なのであって、実際の天気を網羅したものではなく、ひとつの「情報が生み出した現実」と見なすべきものなのである。

 

図3

図3 自動車通行実績情報マップで見た石巻港周辺

もうひとつ例を挙げてみよう。図3は、グーグルが東日本大震災復興支援の一環として開設した「自動車通行実績情報マップ」※2だ。

これはホンダとパイオニアが取得した、自動車の走行や移動に関する情報である「プローブ情報」をグーグルに提供し、同社のサービスであるグーグル・マップ上に表示したものだ。被災地においては当初、地震や津波の被害などで通行不能になった道路が多く、既存の道路地図があてにならない状況だった。支援物資を運んだり、ボランティアが被災地に入ったりするために、どの道路が使えるのかという情報はなくてはならないものだった。

とはいえこの地図も、実際の被災状況や通行可能な程度を反映したものではない。あくまで「自動車が通れたかどうか」を示すものに過ぎない。それは「ヴァーチャル・リアリティ」というほど現実離れしているわけではないが、現実をある特定の見方で切り取った情報でしかないのだ。

だが時として私たちは、そうした情報を現実のすべてだと誤認したり、実際の現実で起きていることよりも、そこから得られた情報を優先したりしてしまう。先の例で言えば、雨マークの表示されていないところでは雨が降っていないと勘違いしたり、実際にその道路に行って初めて、そこが小型車でなければ通行できない状況であることを知ったりする、ということだ。

※1 「ウェザーリポートCh.」http://weathernews.jp/
※2 「東日本大震災 自動車通行実績マップ」http://www.google.co.jp/intl/ja/crisisresponse/japanquake2011_traffic.html