複雑な世界を複雑なまま生きる──PLURALITYとなめらかな社会
第3回 デジタルは政治の何を変えうるのか?
複雑な社会課題が山積するなか、私たちは限られた情報や印象だけで投票先を選んでいないだろうか。SNSの短い動画や強いメッセージが注目を集め、深い議論や多様な視点が埋もれてしまう。台湾のオードリー・タンが提唱する「デジタル民主主義」は、テクノロジーを使ってこの状況を変える新しい可能性を示している。
目次
複雑な問題にシンプルな投票行動
今回の参院議院選挙においては、実に多くの政党が多様な候補者を立てさまざまなイシューで議論を戦わせた。とくに目立ったのは移民受け入れ問題なのだが、これは同時に経済成長を考える経済政策とも重なる。経済政策には物価高対策や消費税減税(および撤廃)もあったし、ほかにも少子化問題や安全保障問題が挙がっていたが、「日本人ファースト」を掲げた参政党の躍進をみるまでもなく、マスメディアもSNSもそのほとんどを移民問題に時間を割いていたような印象がある。
ここの記事で繰り返し述べてきたように、VUCAなどというまでもなく、現代は非常に複雑で予測し難い時代である。だからこそ、イシューもそれぞれが複雑に絡み合い、それなりに情報を入れ知識を蓄えたうえでも投票すべき候補者を選ぶのは難しい。
これまたなんども論じてきたことだが、正解を最短距離で得たい現代人にしてみれば、SNSのそれもショート動画が答えを導いてくれるのであれば、それはニーズに適うものだろう。ちょうど映画を倍速視聴し、その感想をYouTubeの考察動画から得るのと同じような所作である。
これが愚かで、間違った所作であるのかは、この時点でわたしには言いようがない。もっと自分で考えて自分で決めるべきと、大人ならいうべきだろうが、そういう大人のほうもオールドメディアに誘導されていたり、既存のイデオロギーに染まって思考を放棄していたりするわけだから、それを棚に上げて若者にものを申せるほど偉いわけがない。
後述の議論を先取りすれば、彼らは自分の単一的なアイデンティティを保持することに必死に見えた。
既存のイデオロギーに染まって思考を放棄した大人たちのほうがかえって分断を助長する傾向にあることに言を俟たない。彼らは反対意見を毒とし、それを述べる者を敵と見做す。それは左右の両側で起きている。若者たちはそれにも辟易としている。
とはいえ、これだけ複雑な時代の複雑なイシューについて、得体の知れない候補者のわかったような、わからないような演説で、わたしたちは何を選べるというのだろうか。そうであれば、ショートムービーで投票先を決めるのも、これまで信奉してきた政党に1票捧げるのもたいした違いはないのかもしれない。
いや、これ以上はやめよう。
わたしが思っているのが、そもそもこの選挙制度自体がすでに時代に合わなくなっているということだ。いや、そういう意見もずいぶん前からあるが、それを決めるのも既存の議論と既存の方法であり、それを行う政治家を選ぶのも既存の選挙制度なわけで、どこを糸口に制度は変わっていくのだか、わけがわからなくなる。
しかし、こうした状況をテクノロジーの力で、デジタルの力で変えようという動きが目に見えて活発になってきている。その先鞭をきったのが、台湾でコロナ対策を成功させたオードリー・タンだろう。
PLURALITYとは何か?
オードリー・タンとE.グレン・ワイルが共同執筆した『PLURALITY(プルラリティ) 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(山形浩生訳/ライツ社)は、現代の分断社会に対して、デジタル技術を用い多元性(プルラリティ)を軸とした新しい民主主義像を提唱した話題作だ。本書自体はオンラインで公開・共同で執筆されつねに更新されるプロジェクトとして、多元的協働のモデルを体現しており、書籍となったのはその時点の形態でしかなく、いまもなお書き継がれ刷新されていっている。
プルラリティ(多元性)とは、本書にあるようにシンギュラリティ(単一性)とは対称にある概念で、端的にはテックエリート的な未来像、世界観のように統一を目指す概念ではない。それは中央集権的なネットワークではなく分散型ネットワークを指向する。
この多元性によって得ようというのが、以前からタンが提唱する「デジタル民主主義」だ。デジタル民主主義とは市民の広範な参加と合意形成をテクノロジーで支える点で、専門家やAIによる効率的な意思決定を重視する「統合テクノクラシー」とも、市場と個人の自由を最優先し公的介入を最小限にする「企業リバタリアニズム」とも異なり、公共性と包摂性の確保を重視する社会モデルである。
すこし敷衍して言ってしまえば、専門家やインテリに任せる政治が統合テクノクラシーであり、大衆の想いをニーズとして受け取る企業に大衆の利便性追求を任せるのが企業リバタリアニズムともいえるかもしれない。
その論点からいえば、デジタル民主主義が目指すのは、今回の選挙でいえばオールドメディアのコメンテーターとSNSの波に乗る大衆の両者が重なっている部分を汲み上げることだ。複雑に絡み合い、それぞれがトレードオフの関係にあるイシューについて、投票者がそれこそ多元的に対応できるようにすることだ。
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン, E・グレン・ワイル (著)
山形浩生 (翻訳)
ライツ社
