AIが顕らかにする社会と個人のありよう
第4回 デマとフェイクの時代にタルドを参照する――群衆と情報拡散を読み解く鍵

REVIEWおすすめ
テキスト 都築正明
IT批評編集部

ル・ボンが群衆を非合理で危険な存在として恐れ、デュルケームが規範の強化で統制を図ろうとしたのに対し、タルドは社会の変化を模倣・対抗・発明という普遍的メカニズムで説明した。メディアの影響や情報拡散もこの延長でとらえる視点は、SNSやAIによる誤情報・偽情報が社会を揺さぶる現代にも示唆を与える。

目次

群衆を特別視しないタルドの視点

先に述べたように、群衆の暴走をカリスマ的指導者による心理操作によって抑制することを説いたル・ボン『群集心理』は当時の社会的混乱を理解し、そこから脱却することを説いた書籍として流行していた。これに対し、社会心理学者ガブリエル・タルドは1901年に刊行した『世論と群衆』(稲葉三千男訳/未來社)において、その群衆観を強く批判した。タルドは群衆について、特別な心理状態に陥る野蛮で非合理的なものではなく、人々の日常の模倣・対抗・発明という普遍的なメカニズムにおいて説明できるとする。

タルドの提示する模倣・対抗・発明の3者については、1890年に刊行された『模倣の法則』(村澤真保呂・池田祥英訳/河出書房新社)において先んじて記されている。模倣とは、他者の行為や思考、感情を自分のものとして取り入れる行為ではあるが、これは個々の選択的な行為であるとする。個々が自分にとって魅力的なもの、権威のあるもの、また身近なものを模倣することで文化や慣習、テクノロジーが伝播し共有され、模倣の積み重ねにより社会秩序の形成や維持もなされるとする。またタルドは同書で、模倣は一方向に広がるのではなく、そのプロセスには必ず価値観や信念の相違において対抗が生じるとして、この対抗が社会の多様性や変化を生むとする。発明とは、これまでにない行動様式や技術、考え方などが生まれることで、この発明によってなされたものが新たな模倣を生む。タルドは社会について、発明による新規性 – 模倣による普及 – 対抗による調整と再編成というサイクルの繰り返しにより進展するものであると位置づけた。

世論と群衆

ガブリエル タルド (著)

稲葉 三千男 (翻訳)

未来社

▶ Amazonで見る

タルド vs. デュルケーム

1893年に博士論文『社会分業論』で社会を秩序と連帯の形態が変化する現象として論じ「オーギュスト・コントに続く総合社会学者」としてデビューを飾ったエミール・デュルケームは、個人の前に社会があり、個人を超えた外在的で強制的なものとしての社会を体系的に捉える総合社会学を提唱するとともに、個人心理の総和により社会を読み解こうとするタルドの心理主義を手厳しく批判した。

双方ともに30代の俊英だったゆえにタルド vs. デュルケームの論争は耳目を集めることとなり、タルドは『社会法則/モナド論と社会学』(村澤真保呂・池田祥英訳/河出書房新社)で自身の社会観を拡張して提示して応戦した。

 デュルケームは、前回触れたフランス第三共和政下での政治的分断、また産業革命の影響による人口動態の変化や労働環境の不安定化のもとで自殺が急増していることに着目し、その理由を経験論的な実証主義によって論じた『自殺論』(宮島喬訳/中公文庫)を1897年に刊行した。「社会学研究」を副題とした同書では、社会への統合と規制を準拠軸とした“社会的事実”として、自殺を社会への統合が弱いときに起こる①利己的自殺と社会への統合が強すぎるときに起こる②利他主義的自殺、また社会規範が弱まったときに起こる③アノミー的自殺と規範が強すぎるときに起こる④宿命的自殺の4つに類型化している。そのうえで、流動化した近代社会においては社会規範が緩むアノミー(無規範)状態が生じて③のアノミー的自殺が増加し、孤立化が進むことで①の利己的自殺が増加するとした。これはタルドが『社会法則/モナド論と社会学』において例示されている模倣による自殺の拡大との理論的対立を顕らかにするものでもある。

社会分業論

エミール・デュルケーム (著)

田原 音和 (翻訳)

筑摩書房

▶ Amazonで見る

社会法則/モナド論と社会学

ガブリエル・タルド (著)

村澤真保呂, 信友建志 (翻訳)

河出書房新社

▶ Amazonで見る

自殺論

デュルケーム (著)

宮島 喬 (翻訳)

中央公論新社

▶ Amazonで見る

メディアという拡声器の下の真実と虚構

ル・ボンの『群衆心理』が刊行されたのは1895年、『自殺論』の刊行は1897年のことである。簡略化していうと、当時の社会的混乱のなかで、ル・ボンは群衆をカリスマ的指導者による操作により統制するべきとし、デュルケームは社会的規範の強化によりそれを軌すべきだとしたと看取することができる。

タルドは、その後ヨーロッパ全体で流行した『群衆心理』的な集団操作を憂慮し、1901年に『世論と群集』を著した。本書では先述の模倣・対抗・発明に加え、世論形成における新聞やメディアが果たす役割を論じている。自殺におけるメディアの影響については、社会学者ディヴィッド・フィリップスがメディア報道に基づく模倣を『若きウェルテルの悩み』(酒寄進一訳/光文社古典新訳文庫)刊行後に若者の自殺が急増したことに擬えて「ウェルテル効果」と名づけている。

ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』(柴田裕之訳/河出文庫)でテクノロジーの功罪を語るなかで、グーテンベルクの印刷技術がヨーロッパに普及した結果、異端者や魔女・悪魔の活動についてのパンフレットや本が大量に出版されるようになり人々の不安を煽り、16〜17世紀にかけて数万人の“魔女”が火あぶりや絞首刑にされたことを記している。ハラリは『21 Lessons:21世紀の人類のための21の思考』(柴田裕之訳/河出文庫)でも“ポスト・トゥルース”や“フェイク・ニュース”を語る際に同趣旨の論を繰り返しており、現時点での最新刊『NEXUS 情報の人類史』(柴田裕之訳/河出書房新社)でも情報ネットワークの進化過程として、16〜17世紀ヨーロッパの魔女狩りが急激に拡大したのは、活版印刷による大量のパンフレット・説教・告発文が広まったためであると改めて記し、それらが人々を混乱に陥れたことを示すとともにSNSや生成AIによるデマやヘイトの拡散に接続している。

NEXUS 情報の人類史 上: 人間のネットワーク

ユヴァル・ノア・ハラリ (著)

柴田 裕之 (翻訳)

河出書房新社

▶ Amazonで見る