AIが拡げる生命科学の可能性─藤田医科大学教授・八代嘉美氏に聞く
第4回 テクノロジーを持ったヒトという種

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

死をめぐるアンビバレントな欲望

ポスト・ヒューマニストのいうような、人類をアップデートして不死を目指すという話を聞くと、単純に「どうして死にたくないのだろう?」と思うこともあります。

八代 個人的には、死を避けようとするのは、周囲の人たちとの関係を断ち切ってしまうこと、また死についてはだれも本当のことを知らないことの2つが大きな理由だと思います。

クラウド上に脳をアップロードしようとする人たちの動機がわかりません。

八代 イージー・プロブレム化して情報としてアップロードする発想はシンプルですが、常にリアルタイムでアップロードできるわけではないですし、死の体験も含めて引き継ぐのが必要なのか。それこそ生成AIのように外から見て自分らしい反応を返すものをつくることはできるとは思いますが、それは自分から見た自分ではありませんから。

死が前提にならないとすると、社会文化的なもののほとんどは無意味になってしまいますし、生の充実というのも失われてしまうような気がします。

八代 死を契機として更新されるということは、個体のレベルでも社会のレベルでも同じだと思います。人の身体は新陳代謝で常に細胞が入れ替わりつづけていなければ生命を維持できませんし、社会も人が入れ替わることで新しいものに変わっていきながら定常状態を保っている。その意味では、入れ替わることが必要だとは思います。ただし、生きている時間が長くなっているのは事実ですから、その調和をどうかしないといけないことは確実です。また死を避けるのは生物の本能なので、死にたくないと思わなければ環境に反応することができず、個体だけでなく種全体の生命を維持することができません。生命が死を前提にしつつ、それでも存続させたいというアンビバレントなものを抱えていくのはやむをえないと思います。

ハーモニー』(伊藤計劃著/ハヤカワ文庫)の“Watch Me”のようなナノロボットを体内に入れて健康を管理することについては、どうお考えになりますか。

八代 薬学の世界でいうDDS(Drug Delivery System:薬物送達システム)のように、ロボットを用いて修復や病気の改善を行うことは、当然できると思います。

グレイ・グーのように人の自由意志を制御する懸念も呈されています。

八代 ハリガネムシのように、生命活動の制御がインベーダーによって把握されることもありえますから、それは有り得るし可能なんだろうと思います。ヒトという種は、自己判断として技術を介入させることで生命を延長させたり、社会活動を向上させたりということを選んだ――もしくは選ばされた―種だと思いますから、私は自然そのままがよいとは考えていません。自然そのまま、というのは過酷ですよ。人間が住める「自然」は「人工」に過ぎないと思います。もちろん、社会全体に対して自分の価値を押し付けることや、社会全体を徒に破壊したりすることは許されませんが、自分の責任の範囲において、「自然」と「人工」のゆらぎを作り出すことは許されるべきだと思います。最近では、カエルの細胞を用いて自律的に動く幹細胞の塊がつくられたりもしています。その意義については疑問を抱きもしますが、つくることそのものを禁じるべきではないと考えています。

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