iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長・中村伊知哉氏に聞く
第4回 コンテンツから見た日本の大学の課題

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

日本の大学はイノベーションを生みだしていない

郵政省を辞めてからMITに行かれたわけですね。

中村 「役人を辞めてプータローになるんです」ってあちこちの飲み会で言っていたら、セガの当時の会長の大川功さんが、MITに「Okawa Center for Future Children」をつくるから一緒にやろうと誘われまして、プロデューサーみたいなことをやりました。在籍したのは98年から2002年の間です。

ちょうどアメリカではネットバブルの頃ですよね。

中村 そうです。ネットで当てて悠々自適に暮らすみたいなことを言っていて、面白くない連中だなって思って見てました。

ネットビジネスが一攫千金の宝の山に見えていたってことなんですね。その後、日本に戻られた。

中村 スタンフォード日本センターというのが京都にありまして、そこの所長を4年やって、その後に慶應大学の教授に就きました。

慶應で教えられていたのはどういうことなんですか。

中村 慶應の村井純さんから、新しい大学院をつくるからやってくれと頼まれまして、メディアのテクノロジーとデザインとマネジメントとポリシーの4つを柱にする大学をつくるという設計をして、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)をつくりました。そのなかで、僕はポリシーを担当しました。メディアのポリシーと言っても、ルールをつくるとかではなくて、いかに、新しいテクノロジーやサービスを使って、世の中をハッピーにするかという分野の担当でした。

大学教育に関わられたのはどういう理由からですか。

中村 MITとスタンフォードにいて、元官僚の立場から見て、日本の課題は大学だと思ったんですね。つまり、Yahoo!もGoogleもスタンフォードの学生がつくりました。MicrosoftもFacebookもハーバードの学生がつくりました。日本もすごいものをいろいろ生んでいますが、大学が生んだものは何もないよねと。ウォークマンもファミコンも初音ミクも生んでいないじゃないかと。そういう場をつくりたい思いがあって、KMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)をつくりました。

2020年からiU(情報経営イノベーション専門職大学)の学長をやられていますが、これも同様の理由からですか。

中村 KMDは実は非常に成功しているんですけど、もっと飛び跳ねたアートを生むようなファクトリーにしたいなと思っていたんですけど、慶應じゃちょっと無理だなと思ったんです。ある意味、出来上がっている大学ですから。新しい飛び跳ねたこと、やんちゃなことをしようとするのにはベンチャー大学をつくるしかないと思ったのがきっかけです。

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