AIは「意識」をもつのか?
第1回 意識の理論を求めて――大泉匡史氏のアプローチ

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聞き手 松下 安武
科学ライター・編集者。大学では応用物理学を専攻。20年以上にわたり、科学全般について取材してきた。特に興味のある分野は物理学、宇宙、生命の起源、意識など。

そもそも意識は科学の対象なのか?

実は意識については、研究者によって様々な考え方があり、広く認められた定義は存在しない。

大泉 統合情報理論で扱う意識とは、「主観的な体験」のことです。意識には「量(意識レベル)」と「質」の二つの側面があります。

意識の質とは、意識の中身のことです。意識の質は、例えば、赤いリンゴの“赤らしさ”といった主観的な経験のことで「クオリア」とも呼ばれます。肉を焼いたときの香ばしい匂い、救急車のサイレンの音、お腹をこわしたときの痛みなどもクオリアです。

AIが意識をもつかどうかも難問だが、そもそも私たち人間の意識がどのようにして生じているのかも現代科学では解明されていない。

アメリカ、ニューヨーク大学教授で哲学者のデイヴィッド・チャーマーズは、「なぜ脳のニューロンのネットワークの活動から意識が生じるのか」という問題を「意識のハードプロブレム」と呼んだ。

ニューロンは細胞であり、細胞は所詮、無数の分子が複雑に反応しあって動く“分子機械”でしかない、というのが現代科学の標準的な見方である。所詮は物質の集まりでしかないはずのニューロンから、なぜ主観的体験である意識が生まれるのか。これは現代科学最大の謎の一つと言ってもいいだろう。「意識のハードプロブレムはそもそも科学で解き明かすことができないのではないか」と考える研究者もおり、いまだ解明の糸口さえまともに見つかっていない状況である。

大泉 これまでの科学では、脳の活動と私たちが感じている主観的な世界(意識)とが直接結びつかず、そこに気持ち悪さがありました。脳で起きているのはあくまで電気的な活動です。その活動と我々が見ているこの主観的な世界との直接的な繋がりがよく分からないまま、研究者たちはモヤモヤしながら脳の情報処理の仕方を調べてきたのです。

そもそも意識の問題は哲学の領域で議論されることはあったが、科学の問題として扱われることは近年までほとんどなかった。ある意味、タブー視されていたのだ。

そんな状況を変えるきっかけを作った研究者の一人として、イギリスの生物学者フランシス・クリック(1916~2004)がいる。クリックは生物の遺伝情報を伝えるDNA分子の2重らせん構造を発見した一人であり、1962年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。クリックは1990年ごろから意識の研究を開始している。

クリックが共同研究者のクリストフ・コッホとともに注目したのは、「意識と相関する脳活動(NCC:Neural correlates of consciousness)」だった。ある特定の意識経験を生じさせるために必要な最小限のニューロンの活動を特定することで、意識の謎に迫ろうというわけだ。実験的に検証可能な問いが具体化されることで、徐々に意識は科学の研究テーマとみなされるようになっていったのである。

ただし、仮に意識と相関する脳活動が突き止められたとしても、意識のハードプロブレムを解いたことにはならない。しかし、クリックとコッホは意識と相関する脳活動を突き止めることこそがまずやるべきことであり、その研究を進めていけば、その後の意識研究に大きな発展をもたらすはずだと考えたのである。

大泉 今でも、意識は哲学や宗教などの対象であり、科学の枠組みには入らないものなのではないかとみなす人もたくさんいます。科学は主観的なものを排除し、世界を客観的に理解することからスタートした歴史があるので、主観を直接扱うのは科学ではないという固定観念が根強いのです。

統合情報理論も、意識のハードプロブレムを直接的に解き明かすものではありません。意識のハードプロブレムは一旦、保留する、あるいは、解けそうな形に問いを変えて、そこから先に解いていこうとしているのが意識研究の現状です。統合情報理論は、意識が存在することは前提として認め、その上で意識の性質を数学的に表現し、それを実験的に検証しようとする試みだと言えます。

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