勅使川原 真衣氏に聞く
第5回 個人を測る新たな指標とは? 能力主義からの脱却

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

能力ではなくてマッチングの問題として捉える

今日はまさに、能力でしか人を測れないというか、幸福の基本になる指標が能力しかない状況のなかで、じゃあそれに代わるものって何があるんだろうというのをお聞きしたかったわけです。宗教だったら信仰心かもしれませんし、家族になれば愛なのかもしれませんけど、職場で、能力以外の指標ってどういうものがあるんだろうってお伺いしたかったんですよね。

勅使川原 能力評価には良し悪しがあって、しかも望ましい人物像という一元的な答えがある状態なんです。それに対して、本当は人間はすごく多様なんです。何が多様かというと、人によって発露しやすい機能が違うんだと思うんです。ついやってしまうこととか、好きなこととか、逆に嫌いなこと、なかなか手を出せないことが人によって違っていて、特性とか志向性とか心理学で言われますけど、それが多様なんですよね。その機能というのは能力と比べた場合に、序列的でないという点と良し悪しがついていないという点がすごく重要で、いろいろ違っているけど全部オッケーなんですよ。アクセルとブレーキで言ったら、今は主体性とかリーダーシップという言葉で圧倒的にアクセルが評価されてしまっている。これは能力主義の問題だと思うんですけど、もし発言しやすい機能の違いというのを組織が踏まえて人の組み合わせを考えれば、ブレーキがあってこそ組織は成り立つ。車って走りっぱなしはやばいよねという風に考えられます。そのあたりが能力主義から脱するヒントなのかなと思っています。

総体として考えることの必要性ですね。

勅使川原 そのためには、一つひとつのパーツに完璧さとか人格の完成とかを求めるのではなく、総じて何をしたいかによってどうあるかを組み合わせることがゴールになるほうがマシな世の中じゃないかなと思います。

なるほど。ブレーキと言われるのは、たとえばどういう感じですか。

勅使川原 チャンスよりリスクが目につくというタイプの人はいるんです。内向性という考え方ですけど、外向性がアクセルだとしたときに、内向的な人間も必ずいて、組織のなかであれやろうこれやろうって提案したものに対して、それは本当に大丈夫ですかって言ってくれる人なんです。それをストッパーだとか言ってしまう風潮はありますけど、本当はそれも必要です。ただ、新規事業開発部とかをつくった場合に、ブレーキ役の内向的な人を5人も6人も集めちゃうと、それはうまくいきませんよね。やろうとしていることに対するマッチングの問題であるという認識をまず社会は持ってほしいです。

ブレーキ役の人は評価が低くなりがちです。

勅使川原 ブレーキ役の人が扱いにくいとか、能力が低いとか見るのは間違っています。インフラ事業とかは慎重に進めなければならないし、方向指示器は地味な人でもいいんですよ。まわりにとって、方向を示すのはとても大事なので、評価を低くする必要もないんです。

わかってきました。それこそベンチャー企業なんか全員営業マンで、全員がアクセルじゃなければいけないときもあります。企業が生き物で、最初の段階としてはいいのかもしれないですけど、そればかりが続くと、アクセルの人ばかりでリスクも高まるということですね。

勅使川原 そうなりがちですね。あと、アクセルの人たちって、新規探索傾向が強いので転職しがちなんです。外に向いて課題解決したい特性なので、そういうことも知ったうえで組み合わせというか、人材のパイプラインを考えとかないといけないですよね。改めて考えたうえで、やっぱりあの人がいてくれてるからなんとかなってるよねっていうことを棚卸しする必要があるのかなと思います。「あれができない」、「これができない」の前に、こんな会社なのにいてくれてありがとねと。

関係の話で言うと、それこそ誰かの立派な主体性を支えるだけの人がいたりしますもんね。

勅使川原 今ドラマで「無能の鷹」(テレビ朝日)をやっていて、菜々緒さんがめちゃくちゃなんですよ。でも彼女は、存在そのものにすごく価値があるということにまわりが気づいて、というドラマで、若干時代がこっちに追い風な気がします。

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