勅使川原 真衣氏に聞く
第4回 「能力」の呪縛を解く鍵とは

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

コミュニケーションを能力として測定する理不尽

コミュニケーションも能力として測られています。

勅使川原 コミュニケーションこそ双方向的な話なのに、なんで能力として測定してしまうのか理解できません。

おっしゃる通りですね。あなたが相手だからうまく喋れないんだという可能性はありますよね。

勅使川原 「コミュ力を測る」とか言うなって気持ちです。

コミュニケーション能力ってどこにでも通用する言葉ですから、解決しきれない問題はコミュニケーション能力って言いがちですよね。で、何が行われるかというと、コミュニケーション研修が行われる。

勅使川原 最近はコミュニケーションに飽き足らず、「対話」とか言い出していますが、それだって双方向的なものです。

客観的に判断できるものではないですよね。

勅使川原 ないです。いい対話と悪い対話があるという前提ですね。

コミュニケーション研修とか自己啓発系のビジネス本とかになると、必ずそこに細かく分解されたスキルがいくつか載っていて、それを活用するためのツールが紹介されてという流れになっていて、でも、それが人を苦しくさせていることに気がつかない。

勅使川原 それが儲かるビジネスになってしまっている。

そういうことですよね。スキルに分解すればするほど、採点される項目が増えて、競争させられるレースが増えているという図式です。

勅使川原 できない人を対象にコンプレックス産業化できる。ダイエットとか英会話も全く同じですよね。双方向的なことだから、本人でどうにもできないっていうのは、みんなわかっているんですよ。一生達成できないことを目がけて、それが評価されてしまっているので、なんとかしようとしている。解けない問題を商売にしているわけです。

そうですよね。お客さんはいなくならないですもんね。

勅使川原 「そりゃないでしょ」って思いますけどね。自分の子どもにもそれをやるんですかと思います。能力のみならず、ストレスチェックとかも全事業者に適用するという発表がありました。あんなものは測るだけの商売で、いったい誰を潤わせようとしてるのか。

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