ノーベル賞とテクノロジーの経済を巡る省察 第5回 AI、情報科学、そして「ユートピア」への緩慢な歩み
AIの進化があらゆるものを市場化していく時代のなかで

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

ユートピアへの緩慢な歩み

デロングの著作のサブタイトルは「ユートピアへの緩慢な歩み」である。デロングは長い20世紀を通じて、人々は社会的平等、経済的繁栄、そして安定した社会制度の実現を目指し、技術革新と試行錯誤を繰り返して進んできた。
より自由な市場経済を発展させながら、福祉制度を通じて社会的安定を図ってきた。デロングはその一時的な実現を第二次世界大戦後の世界にみて、「ハイエクとポランニーの結婚」という言い方をしている。
自由市場の自己調整機能を強調し政府の干渉を最小限にするべきだとする新自由主義の代表的な思想家であるフリードリヒ・ハイエクと、市場の自由化が社会の不安定を引き起こすと指摘し、市場経済の登場が自然ではなく政治的決定によるものだと論じたカール・ポランニー。それぞれが目指したユートピアが妥協的に合体していた時代ということだ。
この時代は、トマ・ピケティが指摘する経済成長率 (g)が資本収益率 (r)をうわまわって経済格差が縮小した稀有な時代とも一致する。給与や福祉を通じて社会各員への富の再分配が促進されて、土地や株といった資本からの収益に富が集中しなかったということだ。
ナチスを経験したハイエクにとって市場の管理や計画を国家が行うことは非常に危険なことであった。ゆえに社会主義の計画経済は許されない。
一方のポランニーは本来商品であるべきではない、「擬制商品(fictitious commodities)」として労働と土地と貨幣を挙げ、これらが市場で取引されることで人間が人間性を失うと危惧した。市場経済は不自然な状態なもので、国家は市場の拡大をコントロールすべきだと論じる。ゆえに、社会主義の計画経済を擁護した。もちろん、ポランニーとてナチス的な国家社会主義まで擁護したわけではない。経済思想家の若森みどりは『カール・ポランニーの経済入門 ポスト新自由主義時代の思想』(平凡社新書)で、ポランニーのスタンスをこう概観する。

 

ポランニーは、世界経済と国際政治を破壊し自由と平和を台無しにするような困難の原因をすべて〈反自由主義〉(それは共同体主義、保護主義、社会主義、共産主義などに分類される)に結びつける見解を拒否し、ファシズム的な状況を生み出したメカニズムやシステムを考察したのである。

『カール・ポランニーの経済入門 ポスト新自由主義時代の思想』

 

カール・ポランニーの経済学入門
若森 みどり 著
平凡社新書
ISBN978-4582857849

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