学習院大学法学部教授 小塚荘一郎氏に聞く
(3)新しい権利と変わらない論理

FEATUREおすすめ
聞き手 都築 正明
IT批評編集部

求めるのはペルソナかキャラクターか

同じ時期に、監視社会批判の文脈で地縁・血縁・伝統に縛られない生として、匿名性を確保する自由ということもよく言われました。

小塚 VTuberやリアルなロボットをアバターとして使うことも模索されています。日本橋に「分身ロボットカフェDAWN ver.β」というお店があります。ロボットが接客やサーブをするのですが、そのロボットは障がいや重病を持った方々がリモートで操作しています。私は、このロボットとリモートコントロールしているオペレーターとを同一視してよいかどうかを考えています。その理由は2つあって、1つは同一視されたくないという方が多いことです。別の人を演じることで働ける世界を壊さないでほしいということですね。もう1つは、1人が1台を動かしているとは限らないからです。芸能人的にプロデュースすればチームになりますし、複数を1人で動かしたり、ある部分をAIに任せて判断が必要なところは人間が動かしたりすることもありますから。

個別の物語を持たないキャラクターとして一定の権利を付与するということでしょうか。

小塚 そうしたものを法的に評価してあげるべきではないかと考えています。アバターの世界に入ることによって、背が高い/低い、太っている/痩せている、男性である/女性である、という属性に息苦しさを感じている方が、アバターで違うものになることで幸せに生きられる世界があるわけです。よく言われるように、美少女系のVTuberのライバーが実は小太りで髪の薄い中年男性だということが露呈すると、世界観が壊れるだけでなくビジネスモデルも成立しなくなってしまいます。そうした使い分けは認めてもよいのではないかと思うのです。

リアル社会の差別が可視化されないバッファゾーンになるわけですね。

小塚 ただ、そこに問題がないわけではありません。アバターには圧倒的に美少女キャラが多いのですが、そこには女の子は可愛くていつもニコニコしているものだという差別的なステレオタイプが根底にあるともいえますから。アメリカのメタバースではダイバーシティが重視されています。さまざまな肌の色のキャラクターがいるのですが「あなたは日本人だからイエローの肌のキャラクターを使いなさい」と言われたらどうでしょうか。しかし私が、浅黒い肌のキャラクターを使ったら、現実社会のブラックフェイシングと同じになってしまうとも考えられます。そうだとすると、使えるアバターはリアルな人間に近いものにするというルールを設けなければなりません。

そうすると、リアルの息苦しさが再生産されたり拡大されたりする可能性もありますね。

小塚 難しい問題ですが、私は違う世界で違う存在になれることを法的に受け止める視座があってもよいのではないかと思いはじめています。キャラクター権のような発想ですね。

同一性の煩わしさもあります。たとえば先生が、どこでも大学教授としての振る舞いを求められると、すごく息苦しいのではないかと拝察します。

小塚 それはそうです。先日も卒業生から「先生もチェーン店の牛丼を食べることがあるのですか」と訊かれて驚きました。学生からすると、想像がつかないようなのです。「週に1回は行っているよ」と答えたら驚いていました。

そもそも社会的な人間というのは匿名を含めてペルソナをつかい分けているわけで……。

小塚 その考え方が欧米人には通じないのです。「ペルソナを使い分ける」というのは、物事を関係性で考えるアジア的発想なのです。1人の人が、AということもBということもCということもする――そのことを明らかにしないでほしいというのが海外の発想です。日本人的にいうと、Aをしている私とBをしている私とCをしている私がそれぞれ別のペルソナだと言いますよね。日本人のそれぞれのペルソナが1つであることを隠そうとするけれど、欧米では人格が1つだという前提なので、外的なことを隠してほしいということになります。言っていることは同じなのですが、発想が逆なのです。

そのあたりから、アバターの同一性についての認識も異なってきそうですね。

1 2 3 4 5