経済学者・井上智洋氏インタビュー(2)
「デフレマインド」が阻む日本のDX

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

アーキテクチャによる不正の抹殺:テクノロジー本来の社会性

桐原 「IT批評」のレビューにも書いていることなんですが、どんなマイクロなものであってもデータの軌跡を完全に記録できるブロックチェーン技術は、世界史的にも単式簿記から複式簿記に変わったときぐらいインパクトがあるんじゃないかと思っています。ブロックチェーンはリアルタイム性、データの堅牢性、検証性に優れていますから、企業会計に導入されればおそらく粉飾決算はアーキテクチャとして不可能になるのではないかと。

井上 なるほど、取引の履歴を全て公開して透明にすれば、経営者もいい加減な情報は出せなくなりますね。

桐原 12年前「IT批評」を創刊したときから、ITは社会のあらゆるものを再定義すると考えてきたんですが、ブロックチェーンも企業会計を再定義しうるものです。株式市場は常に信用に足る情報を求めていますから、フィンテックとしてブロックチェーンは普及するとしても、一方で経営者は歓迎しないかもしれません。複式簿記が発明されても、ごまかしがきく単式簿記にこだわった王侯貴族がいたように、です。

井上 私自身は、グレーゾーンがあることによって不正へのインセンティブがかき立てられる状況が嫌で仕方がないんです。税申告が最たるもので、あたかも上手に節税したことが経営手腕とみなされてしまうのはどう考えてもおかしいわけです。そんなことよりも真っ当に稼ぐ方に頭を使う方が何倍も生産的なのにと思います。自動改札ができてからは、キセルをする人がいなくなりましたが、はなから構造的にそういうことができなければ、やろうと考える人もいないので、いろんな面でそれこそIT技術が抜け穴を塞いでいくのはいいことだと思います。

桐原 グレーゾーンがあることによって人は倫理と損得の間で悩んでしまいます。アーキテクチャーで不正が抹殺されてしまえば、わざわざ無駄なコストをかけないですね。テクノロジーが本来的に社会性をもつのはこういう点かもしれないと思いました。

井上 ただ恐ろしい面もあります。東浩紀さんが15年ぐらい前に、自動改札はキセルをできる自由を奪っているんだと「ゾーニング」というワードを使って述べていました。私はキセルをする自由はさすがにない方がいいかなと思うのですが、今の中国では犯罪を犯す自由が奪われているという言い方ができるかもしれません。AIカメラが街角にたくさんあって全て監視されているので、反乱も起こせないですよね。10年前ぐらいまでは、農民反乱の話がよく伝えられていましたが、最近はそんな話もまったく聞かれないですが、やはり監視されていることによって反乱も起こせなくなっているかなと推測したりします。

桐原 著作でも、習近平はAIによって最も権力を増大させた政治家だと書いておられますね。

井上 AIをうまく使えば、ウイグルの人たちを抑圧できるし、まったく反乱も犯罪も犯せないディストピアをつくりだすことができるのかと見ています。もちろん犯罪はないほうがいいんだけれど、犯罪を犯せるような余白みたいなものが自由だったり社会のダイナミズムを生んでたりする部分もあるので、それを完全に鎮圧してしまう中国のような社会でいいのかというのは考えなければなりません。

桐原 まさに東浩紀さんがおっしゃっていた規律訓練型の権力から環境管理型の権力への移行をAIが実現しているということですね。

井上 行動経済学の「ナッジ」に対する批判にもつながる話だと思います。AIがナッジ的なことをやって知らない間に人を支配するということもあり得る話です。

桐原 AIはつい10年ほど前まで、論理や計算に強いルールベース型が主で、直感やひらめきといった思考に弱いと言われていました。行動経済学で思い出したんですが、ダニエル・カーネマンが提唱した「ファスト&スロー」で言うと、AIはファストな思考であるシステム1よりスローな思考であるシステム2が得意だったわけですよね? 大人にも難しいことが得意で、子供にも簡単なことが苦手だった。正解ではないけど正解に近いものを見つけ出すヒューリスティクスのような思考ができなかった。それが、最近はシステム1的な思考をするAIが登場しているとすると、論理では感知できないような方法で人を支配する可能性も感じます。

情報環境論集 東浩紀コレクション

東浩紀 著

講談社

ファスト&スロー 上下巻

ダニエル・カーネマン 著

村井章子 訳

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