現実の理解が「情報」によって変わる──駅伝中継、天気図、災害地図にみる、デジタル時代の空間認識の再編
第1回 「情報空間」は現実をどう変えるか──スマホ時代の社会と空間のインターフェース論

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テキスト 鈴木 謙介
社会学者 関西学院大学准教授

両者を見比べると、いくつか気づくことがある。ひとつは、このとき東京と神奈川の県境で降っていた突発的な雷雨(だと報告されている)を、いずれも正確に捉えているということだ。また、八王子市付近から埼玉県にかけての雨も、どちらの地図でも捕捉されている。

一方で、海上や奥多摩地域などでは、利用者が少ない(あるいは携帯電話の電波が入らない)こともあって、気象レーダーで観測された雨が反映されていない。つまり図2の地図は、あくまでユーザーの「天気の報告」という活動の集約なのであって、実際の天気を網羅したものではなく、ひとつの「情報が生み出した現実」と見なすべきものなのである。

自動車通行実績情報マップで見た石巻港周辺

図3:自動車通行実績情報マップで見た石巻港周辺

もうひとつ例を挙げてみよう。図3は、グーグルが東日本大震災復興支援の一環として開設した「自動車通行実績情報マップ」だ。

これはホンダとパイオニアが取得した、自動車の走行や移動に関する情報である「プローブ情報」をグーグルに提供し、同社のサービスであるグーグル・マップ上に表示したものだ。被災地においては当初、地震や津波の被害などで通行不能になった道路が多く、既存の道路地図があてにならない状況だった。支援物資を運んだり、ボランティアが被災地に入ったりするために、どの道路が使えるのかという情報はなくてはならないものだった。

とはいえこの地図も、実際の被災状況や通行可能な程度を反映したものではない。あくまで「自動車が通れたかどうか」を示すものに過ぎない。それは「ヴァーチャル・リアリティ」というほど現実離れしているわけではないが、現実をある特定の見方で切り取った情報でしかないのだ。

だが時として私たちは、そうした情報を現実のすべてだと誤認したり、実際の現実で起きていることよりも、そこから得られた情報を優先したりしてしまう。先の例で言えば、雨マークの表示されていないところでは雨が降っていないと勘違いしたり、実際にその道路に行って初めて、そこが小型車でなければ通行できない状況であることを知ったりする、ということだ。

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