「戦略物資」としての先端技術
米中IT冷戦と日本の安全保障──ファーウェイ・NEC・三洋電機が示す最前線
ソフトバンクの巨大買収劇にも波紋
2社に対するアメリカでの排斥運動は、ソフトバンク(SB)が仕掛けた巨大買収劇にも思わぬ波紋を投げかけている。SBは2012年10月、アメリカ第3位の携帯電話会社スプリント・ネクステルのM&Aを電撃発表。1兆6000億円という「買い物」でSBの総帥・孫正義氏の意気軒昂も束の間、SBの子会社が2社の通信機器を使用している点にCFIUSなどが強い関心を抱いているという。
一部の情報によれば、SBが行う通信インフラ関連の設備投資額の実に10%がこの2社の機器の購入に費やされていると言われ、アメリカ側はこの部分を「SBと2社との蜜月関係」と見る可能性も捨て切れない。大方の見方ではM&A自体が白紙になる可能性は極めて低い、とも言われているが、反面ファーウェイ、ZTEの通信機器を全面撤去するなど、2社との親密度を薄める措置が必要になってくるかもしれない。
また、SBが中国本土で展開するさまざまなネットビジネスに対し、アメリカ側が「中国政府や軍部との関係が深い」と警戒感を抱く可能性も捨て切れない。特に中国最大のEコマース・アリババはSBが筆頭株主であり、その傘下にある淘宝網(タオバオワン)は中国市場の実に8割を押さえる消費者向け電子商取引・ウェブサイトを展開、また支付宝(アリペイ)も中国国内に3億人超のユーザーを抱えている。ネット分野で中国と蜜月であるSBが、自国の携帯電話会社を傘下に収めるという構図をアメリカがどう判断するのか、予断を許さない。
日本の「安全保障」銘柄の危機
2011年1月、NECがレノボとPC事業で電撃提携を果たした。両社の合弁企業「NECレノボ・ジャパン・グループ」を国内に設立、NECのPC事業を新会社に移管しレノボの主導に進められていくという計画だ。業績低迷に苦しむNECにとってはまさに「干天の慈雨」といったところだろう。
しかしこの提携劇に対し、日米の安全保障にとって問題があるのではという指摘が、軍事専門家の間から持ち上がっている。1つは「防衛技術の流出」、そしてもう1つは「法人顧客情報の流出」に対する懸念だ。
まず前者に関して、NECは見落とされがちだが「日本屈指の防衛関連企業」
である。たとえば2010年度における防衛省の中央調達実績(事実上の武器関連調達額)は総額約1兆4700億円に上るが、その調達先の内訳を見ると、トップである三菱重工の約2888億円を皮切りに、2位川崎重工(約2099億円)、3位三菱電機(約1153億円)と続き、NECは第4位で約1151億円。続く5位、6位には富士通と東芝が控えるが、いずれも500億円台と半分ほどで、いわゆる弱電分野では群を抜いた調達先だ。
なかでもNECの得意領域は「防衛(軍事)におけるIT分野」で、軍事専門用語でいう「C4ISR」で、Command(指揮)、Control(統制)、Communication(通信)、Computer(コンピューター)、Intelligence(情報)、Surveillance(監
視)、Reconnaissance(偵察)の領域である。要するに自衛隊(軍隊)の中枢神経に当たっており、21世紀の戦争では、戦車や戦闘機、軍艦の数や個々の性能よりも、このC4ISRの優劣で雌雄が決するとまで言われている。
具体的には、
- 04式空対空誘導弾(空対空ミサイル)をはじめとする国産AAMの誘導装置、信管装置
- 師団通信システム(DICS)
- 航空管制用レーダー(ラプコン/GCA)J/FPG-8・3型
- 新野外通信システム(広帯域多目的無線機)
- 個人用暗視装置(JGVS-V8-B)
- Xバンド通信中継機(衛星通信用)
- 中央通信システム専用通信
- 無線通信装置(NZRC-1F)
- 潜水艦用ソナー
などといった、国産武器における神経中枢の「ブラックボックス」の大半を同社は受け持つ。またこれらに加え、
- 日本版GPS(準天頂衛星)
- 各種アビオニクス
- クラウド・サーバー技術
など、民生向けながらも防衛技術と直結する分野でも実力を発揮する。もちろんこれらは世界トップクラスの性能であり、その詳細はわが国の国家安全保障上の「極秘」である。
このようにNECが擁する軍事技術の「宝の山」に対し、中国が無関心であるはずがない。むしろ「喉から手が出るほど」欲しいアイテムばかりだ。これを考えれば、業績低迷に喘ぐNECに対し、中国側は「レノボ」という〝尖兵〟を使って、軍事技術収集のための橋頭保を築いた、と危惧してもおかしくないだろう。
ただしNECの防衛関連事業は100%子会社の「NEC航空宇宙システム」
が専任事項とし、本社と完全に切り離している。当然レノボの中国人社員が出入りするということはないはずだが、将来、NECとレノボとの「蜜月関係」をアメリカ側が「問題あり」とする可能性は十分あり得る。事実、前述したレノボによるIBMのPC事業買収に関しては、アメリカ規制当局が国家安全保障上の観点から一時「待った」を掛けている。このときは米中関係の悪化も憂慮するホワイトハウスの高度な政治的判断も手伝い、最終的にOKとなったものの、買収に関しては情報流出防止に関する厳しい「タガ」を幾重にも嵌めるという条件を課せられた。つまり今後NECがアメリカへの武器輸出や武器の共同研究に参加する際、「レノボとの提携」が「ノドに刺さったトゲ」の如く邪魔する可能性も十分想定できるわけである。
先の民主党、野田内閣は2011年12月に「武器輸出」の大幅緩和を決意、これまで「武器輸出三原則」の名のもと、同盟国アメリカに対するごく一部の例外(ミサイル防衛に関する技術移転など)を除き一切の武器輸出を認めなかった国是を180度転換した。これによりわが国の企業はアメリカなど旧西側諸国との日本の安全保障に利する外国への武器・防衛関連技術の供与や国際共同開発への参加が可能となり、日本の防衛産業界は大いに喜んだ。
同時にこの決定は「アジア重視=中国封じ込み」戦略を打ち出した2期目のオバマ政権にとっても大歓迎のはず。技術力はもちろんのこと、民生品を通じて磨かれた品質管理、量産技術はアメリカのC4ISR力アップに大いに利するからだ。
すでに、次期戦闘機として開発中のF-35戦闘機への共同開発参加やミサイル防衛に関するミサイル類、レーダー、各種センサー、潜水艦探知、ロボット、2次電池、セラミック、炭素繊維など、アメリカが日本に期待する軍事技術は多岐にわたる。
これらの相当部分がNECの得意領域であり、当然ペンタゴンに売り込みを図るはずである。しかし前述した通り「レノボ」の件が大きな問題として立ち塞がる可能性は捨て切れない。
高度な軍事技術が中国側に流出することへの懸念はもちろんのこと、NECとのアクセスによって、逆にアメリカ側の武器技術が中国側に渡ってしまうのでは、という心配がある。「レノボ製PCを介して情報が中国側に流出するのでは」との懸念である。
今回の提携でNECのPC事業は事実上レノボの傘下に入るが、NECの「バリュースター」と「レノボ」の2つのブランドは当座の間並立して存在させる方針である。しかしやがては「レノボ」に収斂されていくはずだ。NECは法人需要に強く、日本の優良企業の多くをクライアントに抱え、もちろんITソリューションの一翼としてPC端末を多く供給する。つまり近い将来、こうした法人の大多数のPCは「レノボ」と差し替わることを意味する。裏を返せば、「中国製端末を介してさまざまなデータが北京に筒抜けになる」との不安を内包するということである。
事実、政府が自国企業の通信ネットワークや情報を監視し、自由にアクセス、
情報収集できる、というのが中国のお国柄だ。こうした問題は前述したレノボによるIBMのPC事業買収劇の際にも噴出、さまざまな「タガ」のなかには、「連邦政府が顧客だと分かる顛末に対するレノボのアクセス禁止」「IBMの記録に対する中国政府のアクセス禁止」という項目まであるほど。加えてアメリカ議会などからは「ペンタゴンやCIA、FBIなど安全保障に関わる政府機関でのレノボ製PCの使用・調達は控えるべき」との議論まで持ち上がり、国務省では中国製PCによる機密の扱いが禁止されるなど、政府機関での「レノボ排除」が着々と進められている。
これに比べると日本の対応は少々無頓着といってもよく、政府機関、とりわけ防衛省/自衛隊や海上保安庁、警察の警備・公安部門などでの「中国製PC禁止令」「レノボ提携後のNEC製PCの取り扱いについて検討」という話はほとんど聞かれない。それどころか三菱商事は2012年10月、PC8800台をNECからレノボに変更すると発表するなど、日本企業の「レノボシフト」が徐々に進行しつつある。三菱商事といえば日本の貿易を支える尖兵であり、わが国の経済・外交戦略を左右する情報を握るグローバル企業でもある。自衛隊向けの外国製武器・装備の輸入にも携わる、隠れた「防衛関連企業」でもあるだけに、コスト重視だけの安易な中国製PCの導入には警戒が必要だろう。