ユヌスの思想から医療ITの実例まで、社会課題を解決するためのテクノロジーと経営の融合
ソーシャル・ビジネスあるいはNPOと利他の心、そしてIT

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著者 赤城 稔

ソーシャル・ビジネスの成功は利益の高ではない

BOPは、Base of the Pyramidの略だ。世界の人口ピラミッドの下層に位置する低所得階層の人々を指す。

一般的には発展途上国の貧困層を意味する。この層は世界人口の70%以上を占め、人数では40億人以上に上ると見られている。

BOPビジネスとは、こうした層を対象としたビジネスを意味するが、二つの意味で語られることがある。

本来の意味は、BOPの社会的問題をソーシャル・ビジネスの観点から解決していくという意味である。もう一つの意味は、BOPという市場に、営利ビジネスの観点から進出ないし参入するという意味である。後者も、多くの場合はBOP層を食い物にするといった意味ではなく、BOP市場でも十分に成り立つほどコストを下げることができれば、結果として十分ビジネスになるし、そこで行われたシステム革新、あるいは技術革新をメイン市場でも利用できるという意味だ。これはリバース・イノベーション(イノベーションの逆輸入)などと言われる。障害者のためのバリアフリー技術が、最終的には万人のためのユニバーサルデザインになるという意味と似ている。

つまり、前者と後者ではやや動機が違うが、採られる方法論は本来は似ている。ただ残念なことに、そうした革新を利己的な儲け主義にのみ利用するというケースもないわけではない。

企業は社会的公器であるという基本が守られていれば、そこにはWINWINの関係が成立するはずだ。企業はそこで薄利を儲けることができるが、それでもなお、BOP層の顧客にとってそれは福音となるようなビジネスだ。企業公器性に着目すれば、そもそも市場のためにならない製品やサービスは売れない。売れるということは市場の役に立つ商品を世に生み出したことになるので、そこで暴利を取らない限り、その会社は社会に貢献できたということになる。

そのため企業は、市場のニーズによくよく耳を傾けなくてはならないし、身勝手な行為は慎まなくてはいけないことになる。その時に営利ビジネスとソーシャル・ビジネスの差は、ビジネスからあがってきた利益を最終的に株主に分配するか、分配せずに再投資されるかの違いということになる。

ソーシャル・ビジネスとBOPビジネスは必ずしもイコールではない。わかりやすく言えば、いわゆる中産階級の課題を解決するビジネスであっても、十分にソーシャル・ビジネスと言うことができる。

ただし、BOPとは必ずしも一致しないだろうが、社会的弱者の課題を解決する、あるいは環境を守るといったもののほうが、ソーシャル・ビジネスとしてはその価値が高いと言うことはできよう。その意味でも、ソーシャル・ビジネスはますますNPOと同義ということになると思う。

ユヌス氏は先ほどの著書の中で、フランスの乳業会社ダノンとの合弁会社「グラミン・ダノン」について、次のように述べている。この会社は、子ども向けのヨーグルトを貧しい人々にも手の届く価格で販売している。

「グラミン・ダノンは、ソーシャル・ビジネスの基本原理を忠実に守っている。ビジネスは持続可能であり、企業の所有者は投資の元本を超える配当を受け取らない。企業の成功基準は、生み出した年間利益ではなく、栄養不足を解消した子どもの数だ」

これこそがわかりやすい定義だ。

ヘルスケアの革新の中にあるIT活用のヒント

さて、こうしたソーシャル・ビジネスを進めるには、コストを下げるための大胆なアイデア、技術革新が必要になる。その点を担保するための重要なツールの一つがITであろう。そもそも営利ビジネスにおいても、小規模な企業にも大企業と伍してグローバルな場で戦うことができる可能性を与えてくれたのはITである。さまざまな例があろうが、端的なのはスマートフォンやタブレットPCなどを医療現場に導入しようとするケースだろう。

たとえば東京慈恵医大付属病院脳神経外科の高尾洋之医師と慈恵医大の村山雄一教授が、トライフォー(医用システム構築・コンサルタント会社)と共同でi-Stroke と呼ばれる脳血管障害治療支援システムを昨年、開発した。

これは、脳のCT画像などをiPhoneに転送して、3D画像で自由に角度を変えながら、たとえば病院の外から医師が見ることのできるアプリだ。

これとは違うが、現場で患者の診療記録を調べる、検査画像を手元で確認する、撮影した写真、脈拍や心電図などを送るなどといったさまざまな形でスマートフォンやタブレットPCなどを活用する例も出てきているという。

またまたグラミン銀行の例で恐縮だが、「グラミン・ヘルスケア」は、バングラデシュの農村部に健康管理センターを設立しているという。治療よりもむしろ予防に重点を置き、診察や検診、教育活動を推進していくとされるが、そこで模索されているのは、ケータイを使って都市部の医療機関に診察した画像やデータを送信する診断機器の開発だ。そうした技術・システム開発によって、医療コストを大幅に抑えようという目論見である。それが、経済的な持続可能性を提供してくれるコツだというわけだ。

まさにそのとおりだろう。ITなどの先進のテクノロジーをより積極的にソーシャル・ビジネスに生かすことができれば、世界を画期的によくすることができるはずだ。

医療もビジネスだ。教育もビジネスだ。さらにまた、政治や行政という公の機能も、ソーシャル・ビジネスという観点で見直すことは非常に有益だと思える。私たちは税金という形で支払いを行っている。だとすれば、この税金の有効活用、少しでも税金を下げることができるような意識、システム開発をすることが、つまりは改革をすることが重要なはずだ。

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