Spotify・YouTubeから坂本龍一まで──アーティストと著作権が築く新しい関係性
音楽業界の変容と技術に翻弄される著作権〜ソーシャルメディアとの幸福な出会いは実現するのか
自らの判断で踏み切るアーティストの登場
日本においても、ネットのサービスを活用して作品をネット上で積極的に楽しめるようにすることに、明確な意義を見出すアーティストが登場している。単純なプロモーション手段としてだけではなく、アーティストが自らの作品を世に問うためにいかにしてネットを使うかという、次のステージへと踏み出しつつあるのだ。
2010年秋、坂本龍一の北米でのコンサートツアーのうち4公演が、坂本の友人である古川享氏(元Microsoft副会長、現在は慶應義塾大学教授)らによってUstream を使って全世界に中継された。これはTwitter での坂本のつぶやきから始まったものであり、大きく告知されなかったにもかかわらず、ソーシャルメディアで情報が駆け巡ったことから、1公演あたり数万人が視聴するという大きな成果を上げた。
あまりに大きな反響を受けて、坂本は翌2011年1月9日の韓国・ソウル公演を公式にUstream 中継することを決めた。このときはコンサートを無料で中継するだけでなく、ユーザーに対して「パブリックヴューイング」を呼びかけた点が前年とは異なっていた。ユーザーに対して、個々にパソコンを通して視聴するだけでなく、周囲に呼びかけてみんなで見ようという「小さな手間」を要請した。これはソーシャルメディアの可能性を見た坂本の、その次のステージとしてネットを越え肉体をともなった経験を共有して欲しい、という願いによるものだ。それに加えて、コンサートの2日後にはiTunes でライブアルバムを配信したり、パブリックヴューイングプロジェクトのオリジナルグッズを販売したりすることで、無料コンサートを聴いたユーザーに対して「対価を支払う」手段を用意した。
ソーシャルメディアが発達した時代において、ネット上で自らの作品を世に問いつつ、さらにアーティスト自身がコミュニケーションを図りながら、ファンとアーティストの両方にメリットがある試みとして、この事例はエポックメイキングなものだったと言えよう。
著作権に対してどう向かい合うか
これまで挙げてきた多くの事例を見ると、技術の発達やソーシャルメディアの浸透によって著作権そのものが変容しているのではなく、それらによる環境の変化によって著作権が翻弄されていることがわかる。そして変容している(変容を迫られている)のは音楽業界のビジネスモデルの方なのだ。
したがって現在必要なのは、新しいビジネスモデルを見据えた上で、作り手側と受け手側が改めてどのように著作権に向き合うのか、ということではないだろうか。これまで作り手は、著作権を盾にして作品を囲い込むことでビジネスを行ってきたが、今となってはそれだけでは収益を得られなくなりつつある。受け手は、技術的に可能だからといって、自由に、できるだけ障壁がない状態でコンテンツを使う状態を享受してきたが、その行為がコンテンツの源泉を毀損してしまっている。これからは、この作り手と受け手の間のギャップをすり合わせていくことが必要だ。
その好例が、先述の坂本龍一のコンサートなのだと思う。Ustream での配信であっても機材や手間を惜しまず、非常に高音質なネット中継を実現すれば、それに対して自らお金を払ってもよいというユーザーが少なからず存在した(前年秋の北米ツアー中継時にもソーシャルメディア上では「配信に対してお金を払いたいのに払えない『振り込めない詐欺』だ!」とまでの言葉が見られたくらいである)。
それを受けて、2011年1月のソウルからの中継では、オリジナルグッズの販売などで「対価を払いたい」という視聴者の思いに応えた。もちろん、すべてのアーティストが、坂本と同じモデルでビジネスが成り立つわけではない。アーティストの特性やファン層のボリュームに応じてモデルが変わっていくが、このように多様なモデルを選びうるような状況こそが、今の音楽ビジネスの現実であり、今後のヒントでもあるのだと思う。
そして、このアーティストの活動を支えるものとして著作権の重要性は変わらない。誤解を恐れず言えば、著作権とは、第三者に使って貰わないことには何の意味もない権利だとも言える。そこにアーティストが存在し、作り出す作品によって楽しむ人々がいる限り、アーティストの活動を支えるものとしての著作権の重要性は変わらないだろう。
ただ、さまざまな周辺環境の変化によって音楽業界のビジネスモデルが変化し、アーティストの収益源が多様化していくことによって、著作権のうち財産権の部分の重要度は相対的に下がっていく恐れはある。しかし、アーティストの活動を支える礎となる著作者人格権の重要性は変わらない。これらは、あくまでもアーティストの活動における著作権というものの位置づけであって、著作権そのものの要不要ではない。そして、著作権そのものが変化していく可能性を否定するものでもない。
今でもネット上では国境をたやすく越えて音楽が流通していく。技術的にネット上にある程度の〝国境〞のような制限を加えることは可能だが、完全なものではない。それに、今後、日本の経済的な市場規模の縮小が避けられない中、より広いマーケットを目指すためには、世界を対象にしたサービスへアプローチしていく必要がある。
そういった事情は日本のみならず海外でも同様だ。その萌芽のひとつがスウェーデンで見られる。先に触れたSpotify はスウェーデン発だが、そのアドバンテージを活かして、スウェーデンのアーティストが積極的にSpotifyを利用することで、国境を越えて人気を広げていく例が相次いでいる。
このように容易に国境を越えるようなサービスを積極的に利用していくためには課題も多い。人口900万人のスウェーデンのように、自国の音楽市場が小さいところでは、他国の市場へとアプローチしていくインセンティブがそもそも強い。日本のように音楽市場の規模が大きいと、そこで現状、売上げを立てているプレイヤーの一部が、既存のビジネスモデルを優先してしまうことは想像に難くない。しかし、日本のアーティストもこの国際化の流れを意識せずにビジネスを展開することは徐々に難しくなってくるのではないかと考えている。
著作権を変える必要はあるのか?
現在の技術的環境とビジネス状況を考えると、根本的な解決は(極論かもしれないが)著作権法をゼロから組み直すしかないと思われる。多国間で整合性をとりつつ、さまざまな利用方法が考えられる技術的、社会的な環境を考えると、現在の著作権法ではあまりにも不整合な点が多い。
実際に著作権についての議論が産官学を交えて盛んに行われている。その中でひとつの意見として、著作者人格権の撤廃を求める声がある。著作者人格権は強力な権利であるため、利用者側が大きく制限を受ける事態は多い。しかし、著作者人格権はアーティストの創作活動の根幹をなすものであり、活動を支えるものとしての重要性は今後も減じることはないものだ。単純に、利用者にとって不便だからということでなくすという意見には、首肯できない。したがって、現行の著作権法の一部を修正して対応していくしかないが、修正するにしても、その方向性が問題だ。例えば著作権の保護期間は、日本の場合は著作者が死亡してから50年を経過するまでの間だが、EUの多くの国やアメリカでは死後70年となっている。そこで「日本の保護期間も欧米に合わせよう」という声が権利者を中心にある。
対して利用者は「保護期間が短いほうが二次創作などの土台になるので延長反対」という声をあげる人が多い。
この議論において、私が重要だと考えているのが「多様性」だ。著作物には多様な種類があるし、著作者ごとに考え方も異なっていると思われるが、それを一律の保護規定、保護期間に押し込める必要は、必ずしもない。欧米各国と同様に死後70年の保護を求める著作者もいれば、自らの作品を一定の条件下で他人に自由に使って貰いたいと考える人もいる。そういった著作物の保護のレベルに関して、すべての著作権者の望むままにするのでは、さまざまな保護レベルが入り乱れてしまい、かえって混乱が生じてしまう。
保護する必要のない著作物や、自由な二次利用を推奨する人の著作物まで一律に死後何十年としてしまうことに、著作権をとりまく混乱の一因があるのかもしれない。ならば保護レベルに応じたいくつかのパターンを用意し、権利
者がそこから選択するというのが現実的な解ではないだろうか。その保護レベルも、諸外国との整合性、現在の著作権法、そして二次利用者の利便性を考慮する必要がある。
そして、権利者ごとに保護のレベルが変わるとなると、それを統一的に管理するための膨大なデータベースの構築が必要となる。コンテンツとアーティストと管理者、そして権利の詳細がデータベースになっていて、利用したい人がすぐに権利者と、その保護レベルがわかるようでなければならない。今の技術であれば、それだけのデータベースの構築と運用をコストとメリットのバランスを十分に取った形で実現できるはずだ。また、著作物と著作者に関する緻密なデータベースは二次利用者のみならず、今後のコンテンツビジネスにおいて大きな財産となる。データベースは非常に大規模なものとなるだろうが、現在の私たちはそれを実現できるだけの技術を既に持っている。
音楽ビジネスは技術とソーシャルメディアによって大きな変革を迫られている。そして、その中で著作権も翻弄されており、時代に合わせて変化すべき点も多い。しかし、ソーシャルメディアは音楽の楽しみ方を広げこそすれ、音楽の楽しみを損なうものではない。そして、技術は著作権を翻弄するだけでなく、技術によって解決できる課題も多い。ならばこそ、アーティストを支えるものとしての著作権の重要性は今後も決して変わらないだろう。
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