はやぶさからイプシロンへ──固体ロケットとPC1台で挑む、宇宙開発の未来像とは?
IT技術でロケットが打ち上がる

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著者 喜多充成

技術の現場は先端というより保守的

SF小説や映画の題材に好んで取り上げられることもあり、宇宙開発にはきらびやかな先端技術のイメージがつきまとうが、実像はむしろ逆。「枯れた技術」すなわち利用実績を重ね欠点が出尽くした技術が重視され、新技術導入に関しては臆病ともいえるほど保守的だ。それも当然で、ロケットが打ち上げる衛星や探査機(ペイロード)は、宇宙の苛酷な環境に耐えるよう作られた、非常に精密で高価な機械。

打ち上げは基本的に一発勝負で、いったん始まってしまえば「やっぱり出直そう」というわけにはいかない。しかもロケットの機体は基本的に使い捨て。

打ち上げに失敗したとしても、部品を回収解析して対策を練ることはできない。(日本では1999年のH2ロケット8号機で海底からのエンジン回収に成功しているが、レアケース)

いきおい、うまくいった部品やシステムを「使い続ける」ことで信頼性を上げるという開発方針がとられる。

たとえばロシアの有人宇宙船打ち上げに使われるソユーズロケット。形状は開発された1960年代とほとんど変わらず、当時の基本設計を踏襲する形にわずかずつの改良が行われながらいまも運用が続けられている。その結果、1000回をはるかに超える打ち上げ実績を誇り、民間人による宇宙旅行にも使われている唯一のロケットとなっている。

「古い技術を使い続ける」方針は、ロシアほどの打ち上げ頻度があるならまだしも、打ち上げ回数の少ない日本では非常な困難をともなう。かりに開発着手時点で10年の実績がある技術が採用され、開発に10年がかかったとする。さらに10年間の運用を経たなら、現場では30年前の技術が使われていることになる。そしてそのような事態は現実に起こっていた。ロケットの打ち上げ運用や検査、管制業務を支えるために必要な機器や部品の生産が終了、ソフトウェア技術者も引退し―という危機に直面している。ロケットは地球の重力だけではなく、システムや技術の社会的寿命とも戦っている。

新たなコンセプト「モバイル管制」

退役したM -Vロケットのチームが中心となり、現在日本で開発されているロケットが「イプシロンロケット」だ。H2Aロケットの両脇に装着された固体補助ブースターを第1段とし、そこにM -Vロケットの第2段・第3段を組み合わせてつくられる中型ロケットだ。

そしてこのロケットには、たんなるツギハギではない新しさがある。それは従来のロケット開発における「枯れた技術を優先して採用する」という設計思想を断ち切り、最新のIT技術を積極的に取り入れ、ロケット業界に革命をもたらそうとしている点だ。そのビジョンを象徴するキーワードのひとつが「モバイル管制」。

ロケットの発射管制に関わる業務をPC1台でも可能なほどシンプルなものにしようという考え方である。

その目的はコストダウンにある。それも単にロケットの機体だけではなく、打ち上げの準備や発射管制業務まで含めた、一連の作業全体を最適化することによるコストダウンだ。そして手段は、ロケットそのもののインテリジェント化である。

たとえばロケットの状態を管理する一つの機器が業務用冷蔵庫ほどの大きさで、そこに10人のスタッフが張り付いていなければならないとする。そういう機器が10あればそれだけで100人のスタッフと、大きな管制室が必要になる。現実のロケット打ち上げにはもっと多くの機器やシステムと人間が関わってきたが、必要な仕事の多くは、機器のヘルスチェック。ロケットの姿勢を検知したり、段間の切り離しを担う火薬の動作をチェックしたり、通信機器のチェックをしたりと、さまざまな機器が想定した通りに動いてくれるかどうかを確認していく作業が、打ち上げ準備の中で重要な部分を占める。そこに、自動車や家電やPCがやっているような、セルフチェック機能を導入しようというのが「イプシロン」の新しさの一つだ。

PC1台に機器を凝縮

乗用車はエンジンをかける時点で毎回、エアバッグの機能確認を行っており、異常が発見されればエンジン始動ができないようになっているという。AED(体外式自動除細動機)も、電気ショックを与えるかどうかは、心電図の波形をもとに機械自身が自動で判断している。CPUの演算速度の向上やセンサーの高度化、判定アルゴリズムの進化など、ITの発達によって得られた果実は、現に我々の生活を深いところで支えている。

臆病なまでに保守的だったロケット業界をガラパゴス的だとまで言う関係者もいるほど。そこにこの果実を持ち込み、究極的にはノートPC1台で必要な業務を行おうというビジョンに向けての「イプシロン」の開発は、世界的にも最先端のチャレンジだ。ロケットの内部の機器をインテリジェント化し、デジタルビデオやハードディスクをPCと結ぶ際に使われてきたIEEE1394(ファイヤーワイヤーとも呼ばれる)の通信規格を発展させた、スペースワイヤと呼ばれる通信規格が採用され、数珠つなぎに結ばれたロケット内部の機器や衛星が互いに情報をやりとりする。ロケットと外部とのインターフェイスは、USBケーブルやイーサネットケーブルのような細いケーブル1本で済ませられる(現在は船のもやい綱のような太いケーブルだ)ような、運用性の高いロケットの実現に向けた技術的な検証は終了しているという。IT技術はオフィスや家庭の様相を変え、産業のさまざまな局面に変化をもたらしたが、それがようやくロケット技術の現場にもたどりつこうとしているのである。

ロケット技術の新たな扉

最高のエンジニアと最高のドライバーがいて始めて動かせていた従来のロケットを、誰もが乗れる乗用車のように簡単にし、それこそ毎週でも打ち上げたいと、メンバーは開発に取り組んでいる。そのことで、宇宙へのチャレンジのハードルを引き下げたいという思いがある。

衛星や探査機をつくるには長い年月と莫大な費用が必要で、打ち上げに臨む責任者はそれこそ一世一代の大勝負。費用が大きい分、科学探査であってもある程度のリターンが読めないと計画に予算はつきにくい。しかしコストが劇的に下がるなら、「失敗の可能性は大きいが、当たれば大きい」というミッションにも予算がつきやすくなる。

そして間違いなくこれは、宇宙開発や宇宙探査に関わる人たちを「元気にする」ことにつながる。

「イプシロン」の初号機の打ち上げは2013年度の予定。成功すれば日本は、世界に先駆けロケット技術の新たな扉を開くことになる。

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