ネット選挙と小口献金が変える政治
ITが「政治と金」を定義する日

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大賀真吉

日本のネット献金事情

翻って日本の状況を見ると、こうした21世紀型選挙のインフラ整備の端緒が開かれたに過ぎない段階だ。ネット選挙自体、解禁されたばかりであるし、ネット献金も一部のサービスはあるがほとんど開放されていない。新しい選挙戦略の重要な要素である、ネットを介した情報とお金の流れが、実質的に日本にはまだないのである。

ネット献金では現在、政治家が導入しているサービスの多くは、アメリカ生まれの電子決済PayPal(ペイパル)と楽天が提供する「楽天政治 LOVE JAPAN」の2つに絞られる。また、参議院選直前にヤフーが提供しはじめた「Yahoo! みんなの政治」の献金サービスが、ヤフーブランドを背景に今後、広がっていくことが見込まれている。

ただ、汎用的な電子決済であるペイパルを別にして、昨年7月に立ち上がった楽天の献金サービスでも、受け入れ元である政治家のサービス利用状況は200人をわずかに超えた程度である(2010年5月末時点)。利用できる政治家が、国会議員、知事、政令指定都市市長および、一定条件を満たしたそれらの元職、候補者に限られているとはいえ、現職の衆議院議員が480人、参議院議員が242人であることを考えれば、政治家側が積極的に参加していると言える段階ではない。また、利用できる決済手段も今のところ、3つに限られており、ユーザー側から見てもいまだ発展途上と言える。しかし、そのような限定的な要因があるとはいえ、楽天のサービスが現時点で、ほぼ唯一のネット献金専業のサービスである。しかし、それにもかかわらず献金申込数はいまだ600件を超えたばかりだ(2010年4月末時点)。これではネット献金の仕組みもさることながら、ユーザー側の政治献金に対する意識にも、課題があると考えざるを得ない。

日本にはない献金という概念

まず個人献金自体は、従来から当然に存在する。そして、その多くは政治家によって開かれる、政治資金パーティーのパーティー券である。ただ、これらは果たして献金といえるのだろうか。

もちろん、法制上は献金であり、政治家を支える篤志のお金も多く含まれている。しかし、パーティー券の多くは日頃から付き合いのある政治家の秘書や後援会から、購入を依頼されるものである。いわば、対面販売で「買ってくれ」とお願いされる代物であり、聞こえは悪いが「押し売り」である。これでは、券を買う側から見れば「献金」とはいえど、実質は「交際費」のようなものだ。日本の個人献金に「献金」の意識はない。

では、売る政治家側に問題があって、日本国民に問題がないかというと、そういうわけでもない。献金はいわゆる政治を志す人物への寄付である。政治献金に限らない寄付の実態を見たとき、日本人一人が1年間に寄付する金額は2000円。それに対し、アメリカでは8万5000円、イギリスでは3万4000円。多寡の問題以前に、金額の桁が違う。それほど日本人にとって、寄付という行為は馴染みが薄い。

この大きな違いには宗教観の相違もあるが、一般人が寄付に積極的なキリスト教圏と比べ、日本や中国などアジア圏では寄付を含む社会貢献は、社会的に地位の高い人の責務とする価値観がある。もちろん個々には、ボランティアの精神を持って活動する人が多くいるが、ボランティアといえば奉仕活動と一義的に考え、金銭提供より行動提供を尊く見る傾向がある。この日本人の常識こそ、すなわち寄付行為が一般人のするものではない、特別な行為とされていることの証左だろう。

この日本人の「寄付」観を踏まえずに、欧米型の寄付行為の延長にある政治献金、個人献金をいくら論じても、所詮は机上の空論である。政治はネットを流れるアイテムの一つ

そもそも日本や中国をはじめアジア圏にとって、政治は「お上」であり、特権階級である。政治は、功成り名を遂げた人がすべき社会貢献であるとともに、彼らが得たであろう財産や名声に付随する権威という意識もある。ただでさえ「寄付」の意識が薄い日本人にとって、たとえ実際は経済的に恵まれていなかろうと、自分より恵まれた特権階級にあると感じる政治家に、「政治献金」という名の寄付を行うはずはない。今までの政治観の延長線上に個人献金はあり得ないだろう。

しかし、オバマの成功は、その日本に一つの示唆を与えた。普通なら数十年はかかる政治観の改革を一気にブレークスルーする可能性を見せてくれたのだ。

それはまず、洋の東西を問わず、政治もしくは政治家がある種の商品、アイテムであるという冷徹な事実を知らしめたことだ。たとえ「日本の常識」どおりに政治家が特権階級であろうとも、現実には選挙というユーザーの投票=購買という行為によって取捨選択されている。政治の特権性に象徴される「貴重性」にとらわれず、ネット時代に対応した商品として自分をプロデュースすることで、オバマは成功した。

次に、オバマの与える影響だ。勝つことでしか生き残れない政治の世界で、一つの新しい時代の成功例を示したオバマに追随者が現れるのは当然だ。おそらく日本でも多くの追随する政治家が現れるだろう。その結果、政治の商品化と言うと聞こえが悪いが、一部の政治家が自己を商品と認めることで、競争と多様化が進む。つまり、政治への市場原理の導入である。市場競争のなか、想像もしていなかった速さで政治の変革が進む可能性がある。

このように見ると、まるで政治のデフレのようだが、ITが導入された分野では、ほとんどデフレが起きている。おそらく政治も例外ではないだろう。このデフレが政治の質の劣化に向かうのか、良品安価で身近な存在になるのかは、まさしくこれからの取り組み次第だ。私たち国民も、生活に直結する政治なだけに、傍観することなく、賢い消費者として関わっていく意識を持つ必要があるだろう。

追記(6月2日)

5月下旬に原稿を書き上げた後、突如として6月2日、鳩山総理が辞意を表明した。この後は民主党代表選を受け、新しい総理の所信表明などの日程が追加されることが予想される。そのため、通常国会の会期末(6月16日)が迫っている現時点では会期が延長されなければ、ネット選挙の一部解禁は手続きのうえで、その他の法案ともども国会通過が非常に厳しい局面となってしまった。もし、時間切れのために廃案になるようであれば、与野党が合意していただけに、非常に残念である。

ただ、与野党がネット選挙解禁について真剣に論じあったことは事実として残り、現実に各候補者が公示日までネットを駆使した選挙戦を戦うことも間違いない。次回の国政選挙

が、3年後の衆参ダブル選挙となるか否かはわからないが、時間の余裕が生まれるならば、今回想定されていたHPやブログだけでなく、より広範なITによって生まれたメディアについても十分に論議を尽くしてもらいたいと思う。

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