iPadと電子書籍の未来
ガラパゴス化する日本市場に必要な次の一手

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著者 高橋浩子

言われてみればなるほど、シンプルなことなのだが、この「ひと手間」が、ユーザーの満足度アップにつながると、鈴木氏は言う。

今後、電子書籍マーケットが成熟すればするほど、同じ書籍であっても「どこで買うか」でユーザーの満足度が変わる可能性がある。電子書店が、本というもの、書籍というものの価値をどう捉えているかで、システムとして提供するものがまったく変わってしまうからだ。

出版業界はどう変化するか

電子書籍がブームになると、デジタルコンテンツが既存の紙の書籍を凌駕し、ついには「本屋がなくなる」「出版社が潰れる」という悲観的な声があちこちから上がっている。実際のところ、業界の動きはどうなのだろう。

「マスコミが騒ぐほど、そう簡単に変わりませんよ」と氏は断言する。

「売れなくなったとはいえ、出版市場は大きい。それに比べると、電子書籍市場は、まだまだ小さなものに過ぎない。結局、まだ本が100万稼げるとすると、電子書籍は1万いくかいかないかくらいです。現時点で出版社がそこに本腰を入れるとは思えない。100万の売上を、200万にする方法を考えるのが、商売の王道でしょう」

出版社も本が売れないことへの危機感は持っていても、それを解決する次の手段が電子書籍であるとは、思い至っていないとのこと。外と内とではかなりの温度差があるようだ。また、「アマゾンで売れば印税70%」という話についても、「聞いた話が一人歩きしているいい例」だと言う。

「最高70%になるのは事実ですが、問題は『誰が電子化するか』です。それをすっ飛ばして報道しているから、ややこしくなる」

要するに、作家が自分の作品の全ページをスキャンし、「完全パッケージ」としてアマゾンに納品すれば、印税70%も夢ではない。しかし、スキャン技術も設備も電子化フォーマットも持たない一作家が、すべてを手がけるのは、現実問題かなり難しいだろう。

「デジタルが出るから、既存の出版物がなくなるというのも、極端な話ですよ。そんなことを言っているのは一部のメディアだけで、実際にはそんなことは、誰も思っていないんじゃないですか?」

氏が言うには、デジタルと紙、両者は食い合うものではなく、まったく別のマーケットである。十分共存していけるものなのだ。

みんなが前を向くならば、俺たち全員後ろを向け

電子書籍というと、未来にばかり焦点が当てられがちだ。テキストとWeb、音や映像との融合……。今までできなかった表現が現実のものになるのは結構な話だが、「みんなが前を向いているならば、私たちはあえて後ろを向く」というのがイーブックの姿勢のようだ。

「私たちが歩んできた道にこそ、お宝がゴロゴロ転がっている。このことに、みんなまだ気がついていないんです」

氏が言う「お宝」とは何か。それは過去の作品である。書店には置いていないもの、手に入りにくいものこそ、電子化する価値があると考えているのだ。

さらに、いったん電子化してしまえば、管理がいたって簡単になる。今までは在庫管理に高いコストがかかり、出版社の大きな負担になっていたが、電子書籍は、在庫を置いておくための倉庫も必要なければ、絶版が決まった書籍の断裁費用などがいっさいかからない。さらには一回電子化すれば、品質が劣化することもない。

「こんなに手のかからないコンテンツはほかにはありませんよ。10年前にデジタル化した作品が、未だに売れ筋ランキングに顔を出すことは、珍しいことではありません。これほどのロングラン、リアルの書店でやるのは、かなり難しいでしょう」

電子書籍を販売するほうは、さまざまなコンテンツが欲しい。出版社も過去の作品を管理コスト不要で生かすことができる。さらに、ユーザーにとっても、昔懐かしい作品に再び出合うことができる。

電子書籍は、書店│出版社│読者、三者三様にメリットをもたらす画期的なメディアといえるのかもしれない。

目指すはアジアの巨大マーケット

これら「お宝」を欲しがっているのは、日本国内にとどまらず、アジア諸国にあると早くからイーブックは気づいていた。中国、インド、台湾、韓国……。イーブックが目指すマーケットは日本国内を超え、すでにアジアを射程圏内に定めている。その足がかりの一つとして、イーブック台湾を設立。

今年の秋頃を目処に、中華圏への電子書籍販売を開始する。

「小説に比べ、圧倒的に文字数が少ないコミックほど、優れた国際商品はありません。翻訳費用だって小説の10分の1以下で済みますしね。国際的な資産であるコミックスの重要性に気づいている出版社は、まだ少ないのではないでしょうか」

日本の作品が海外でも発売されているが、その多くは翻訳権を許可しているに過ぎず、海外でどのように販売されるかまで、把握しているところは少ないという。

「私たちは現地に乗り込んで、実際に販売します。アジア諸国に広がれば、待っているのは日本の10倍の市場です。ですから、国内で出版社が何をやってもいいんです。小さくなりつつあるパイを取り合うことに、私たちはなんの興味も持っていません」

将来的には、アジア諸国から人材を発掘し、アジア発のコンテンツを日本へ、世界へと発信していきたいと、鈴木会長は考える。

人材発掘の点からも、電子書籍は大きな強みを持っているといえるだろう。ケータイ小説が新たなスタイルを持つ作家を発掘したのと同様のことが、世界規模で起きないとは誰にもいえないはずだ。

真の意味のグローバルコンテンツとして、日本のコミックスが成長するか。そしてその勢いを、iPad がどうバックアップするか、今後の展開が楽しみである。

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