文化的接木と連想の果て
第3回 AIによって問い直される社会のかたち

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テキスト 桐原永叔
IT批評編集長

DXの進行と生成AIの急進を経て、わたしたちはあらゆる事物の定義を問い直されている。電子書籍や電子署名が示すのは単なる置き換えではなく、知識や仕事、通信や知能そのものの再定義である。「IT批評」は創刊以来、その視座から社会の本質を見つめ続けてきた。

目次

ITの視座から時代と社会を対象化する作業

コロナ禍によって余儀なくされたDXと、生成AIによる“第4次AIブーム”の始まりをこの5年間で味わった。このタイミングで「IT批評」を再開し、この「les essais」でテクノロジーと社会について考えを深めることができたのは僥倖であった。
「IT批評」はもともと2010年に定期刊行書籍として創刊した。そのときのコンセプトをわたしは次のように書いた。

ITは社会の多くの面を横断して発展している。
ビジネスに至ってはほぼすべての業界、すべての職業を横断しています。
ITと向き合うことが、時代、社会、そしてビジネスと向き合うことと同義になるはずです。
ITの視座によって、時代と社会、ビジネスの本質を対象化できるだろう。
そういうコンセプトのもとで、「IT批評」を刊行します。

眞人堂 IT批評

社会の変化をもっとも核心的に先進的にキャッチできるのがITの視座だと考えたのだ。先進的というのはテクノロジーの発達と歩みをともにするITを考えれば当然のこととして、核心的とまで思ったのはなぜか。
当時はKindleが登場して電子書籍がブームとなりかけていた。いずれ紙の本は淘汰されると言われるようになっていたし、創刊0号で取材させていただいたジャーナリストの佐々木俊尚氏が2009年に出したベストセラー『2011年 新聞・テレビ消滅』(文春新書)と、それにつづく2010年の『電子書籍の衝撃』(ディスカヴァー携書)で話題をさらっていた頃だ。
わたしは考えていた。果たして電子書籍というのは紙の書籍の──電子があれば不要となる──代替物なのだろうか。紙の活字を電子に転写するだけの違い、そのことによる利便性の向上だけが社会へのインパクトなのだろうか、と。気の早いテクノロジストたちが紙の書籍を処分し、“自炊”などと呼ばれる技法も駆使して活字を電子化していた。「紙の本なんてまだ買ってるの? 守旧派?」と揶揄されているように感じ、それに対する違和感、反発心があった。
わたしはやがてひとつの結論を得た。電子書籍は紙の書籍とはまったく別のものであると。得られる体験も、得られる知識や思考もそれぞれ別のものだと。そんなふうに考えを進めていくと、IT化、電子化といわれるなかで多くの事物が単に旧来の形態を代替、転写されているだけではないのではないと気づいた。

迫られる事物の再定義

そうして、IT化、電子化というのは事物の再定義を迫っていると考えを進めた。電子書籍は書籍というものの定義を書き換え考え直させる。同じようにメールは郵便の置き換え以上の意味を持ち、遠方との文字による通信の再定義をさせられた。いまでは通信と聞いて、紙の手紙を思い浮かべる人がどれくらい、いるのだろう。紙の手紙にあった情緒は通信の間隔の短縮、即時性のなかに溶けていった。他者との通信はそんな情緒を含意しなくなって久しい。
これはDX、AI化が喧伝される現代も同じことだ。AIは知能の再定義に他ならない。業務のDX、たとえば電子署名はそれ以前の意味を改変させるか、失わせるかして、社会に浸透するなかで新しい意味を加えていく。
そういえば、創刊0号の巻頭言にこう書いた。15年前の文章を長めに引用しておきたい。

(映画「ブレードランナー」の)主人公デッカードは、レプリカントと呼ばれる人造人間を追跡するうちに、人間と人造人間の境界がどんどん不明になっていく。自身ですら人造人間か人間であるかを知らないレプリカントとの対照のなかで、人間の定義が曖昧なものになっていく。身体的な差異がないだけでなく、人間の感情や思考と人工知能との間にも明確な違いがないからだ。
 しかし、人間は人造人間ではない。人造人間とは違う。
 では、何が人間を人造人間と分け隔てているのか。
 レプリカントは人間に、「人間という存在」の定義を迫っている。
 IT化が進むなか、私たちは知らず知らずのうちに、デッカードと同様の難問をつきつけられているのではないだろうか。
 つまり、電子化、システム化が、あらゆるものの再定義を迫っているのではないか?
 たとえば電子書籍は、書籍そのものの再定義を迫っているのではないか?
 たとえば電子マネーは、貨幣の概念そのものを変化させようとしているのではないか?
 IT化によって、書籍であれば書籍の、貨幣であれば貨幣の存在証明を書き換える必要に迫られているのではないか?

『IT批評』創刊0号

30代最後の文章なので大仰な気負いを感じて面映いのだが、ここまで引用したのは、このときの思いは15年後の今も地続きにあるからだ。それは、アルファ碁の登場、第3次AIブーム、コロナ禍を経て生成AI時代を迎えた現在においても変わっていない。
むしろ、この15年の大きな変動がこの思いを強化させている。

2011年 新聞・テレビ消滅

佐々木 俊尚 (著)

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電子書籍の衝撃

佐々木 俊尚 (著)

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IT批評 創刊号

佐々木俊尚 (著), 杉浦宣彦 (著), 桜井進 (著)

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