Apple Vision Proが生む、空間コンピューティング時代の新たな「体験の格差」
第2回 Vision Proが生む、価格、環境、文化資本による断絶

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Author 伊藤 要介

Apple Vision Proは、未来をその場で体験しているかのような没入感を提供するデバイスです。映画のような巨大スクリーン、空中に浮かぶ複数の作業スペース、視線だけで操作できるインターフェース──かつてのSFが現実に近づいてきました。

しかし、こうした未来的な体験は、すべての人に等しく届いているわけではありません。Vision Proがもたらすのは、技術の進歩そのものだけではなく、それを“享受できるか否か”によって生じる新たな社会的な隔たりでもあります。

価格、ネットワーク環境、企業エコシステムへの依存、そして生活や労働の構造──さまざまな前提条件によって、「体験の格差」が静かに広がっています。

今回は、この“体験そのものが格差化される社会”の背景と構造をひもときながら、それにどう向き合えばよいのかを考えていきます。

目次

Apple Vision Proの障壁とは

Vision Proが提示する「未来の体験」は、多くの人にとって魅力的である一方で、それにアクセスするための“見えにくい障壁”も存在しています。

第一に挙げられるのは、やはり価格です。日本市場では約60万円──スマートフォンやノートPCの中でも最高級の水準を超えます。「子どもに試させてみたい」「リモートワークに導入してみたい」と考えても、現実には選択肢にすら入らない家庭も多いはずです。

こうした価格の壁は、単に“買える/買えない”の問題だけではありません。テクノロジーの初期体験そのものが、所得によって分断されていく現象といえるでしょう。

さらに、Vision ProはAppleの広大なエコシステム──iPhone、Mac、iCloud、App Store──と連携して初めてその真価を発揮します。つまり、Appleユーザーとしての“文化的リテラシー”が求められる設計になっているのです。

長年のApple製品使用者であればシームレスに活用できても、そうでない人にとっては「機能の半分しか使えない」ような感覚になるかもしれません。

加えて、地理的なインフラ格差も看過できません。Vision Proが快適に動作するためには、高速かつ安定した通信環境──特に5Gミリ波──が必要です。

総務省の2023年度データによれば、5G(Sub6)は全国平均で97%を超えていますが、体感的な通信速度や安定性には地域差があります。ミリ波のカバー率は都市部に集中しており、地方では6%未満の地域も多く存在しています。

つまり、デバイスが販売されていても、通信インフラが整っていなければ「Vision Proでできるはずの体験」がそもそも成立しない地域もあるということです。

さらに、Vision Proが最も力を発揮するのは医療、建築、エンジニアリング、3Dデザインなどの高スキル知識労働の現場です。一方で、対面接客や物流、介護、清掃といった身体労働の領域では、その恩恵は限定的です。

これは、すでに存在していた知識労働と身体労働の格差に、テクノロジーがさらに輪郭を与えているとも言えるかもしれません。

そして最後に、SNS上での“体験の視覚化”がこの格差を拡張しています。Vision Proを手に入れた一部の人々が共有する高精度の映像体験や空間活用の様子は、多くの人にとって「手の届かない世界」を目の前に突きつける構造にもなりつつあります。

これは、“体験の非対称性”を可視化し、定着させるメディア構造の一端と捉えることもできるでしょう。

体験そのものが格差化される社会

私たちはこれまで、テクノロジーを「便利さ」や「効率」をもたらす中立的なツールとして捉えてきました。しかし、Apple Vision Proのような空間コンピューティングデバイスが登場した今、その「体験そのもの」にすら格差が生まれつつある現実が見えてきます。

Vision Proは、かつて映画やSFの中でしか見られなかったような体験を現実に変える力を持っています。たとえば、自宅のリビングが巨大な3Dスクリーンに変わり、複数の作業空間を空中に広げながら、視線だけで操作できる。あるいは、まるでその場にいるかのような臨場感で、仲間とプロジェクトを進められる──そうした未来的な体験が、現実に手の届く場所まで来ています。

しかし、このような「未来の体験」は、誰にでも平等に開かれているわけではありません。

YouTubeやX(旧Twitter)では、Vision Proのユーザーたちが次々と使用感を投稿しています。映像には、宇宙空間のようなバーチャルオフィスで仕事をしたり、まるで旅をしているように世界中の風景を体感する姿が映し出されています。

一方で、それらを視聴する側の多くは、その体験に「触れることができない人々」でもあります。

つまり、SNSは今や、“体験を媒介にした格差”を可視化し、拡張する装置にもなっているのです。

この格差は、単にガジェットを「持っている/持っていない」という問題にはとどまりません。むしろ、「どのような世界を見ることができるか」「どんな学び方・働き方・癒やし方に触れられるか」といった、日々の体験そのものの非対称性が、静かに広がり始めています。

そして重要なのは、この体験格差が娯楽や趣味のレベルを超えて、教育、医療、労働、さらには心の健康や自己実現といった生活の土台にまで及んでいるという事実です。

たとえば──

空間全体を教室や医療現場に変えることで、知識や治療への理解が深まる一方、そうした体験にアクセスできない地域や家庭も存在します。

リモートワークの快適さやストレス軽減効果を高める空間設計が可能になる一方、それを享受できるのは高スキル・高所得の一部の層に限られます。

こうした体験の分断は、「生活の質(QOL)」にまで影響を及ぼしかねません。

Vision Proが示しているのは、「体験の格差」がいかにして情報格差、学習格差、労働格差、ウェルビーイング格差へと拡張していくか、という社会構造の変化なのではないでしょうか。

とはいえ、この流れは決して不可避ではありません。

Vision Proのような空間コンピューティング技術を、市場原理に任せて一部の層にだけ行き渡らせるのか。あるいは、教育・医療・福祉などの公共領域へと意識的に組み込み、誰もが恩恵を受けられるようなインフラとして育てていくのか──いま、私たちはその選択の岐路に立っています。

企業、行政、市民、それぞれがこの格差の構造に気づき、未来をより公平に設計することはできないでしょうか。

次回は、この格差構造が具体的にどのように教育や医療といった公共領域へと広がっているのかを掘り下げていきます。

【出典】総務省「携帯電話の人口カバー率(2023年度末)」
【出典】ケータイWatch「日本の5Gは“実は4Gに近い”その理由と現状」