NTTテクノクロス・大野 健彦氏に聞く 第1回

現場の暗黙知を引き出す「技能抽出」の手法とは

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

日本の製造業現場はナレッジの宝庫と目され、生成AIによる有効活用が期待されている。数多くの企業で現場の「暗黙知」の抽出を実践してきたNTTテクノクロス「こころを動かすデザイン室」の大野健彦氏に話を伺った。

取材:2024年9月11日 NTTテクノクロスにて

 

 

大野  健彦(おおの  たけひこ)

高度専門人材 / ディスティングイッシュトエバンジェリスト/人間中心設計推進機構 HCD-Net 人間中心設計専門家

1994年日本電信電話株式会社に入社、2015年にNTTテクノクロス(旧NTTアイティ)へ。人間とコンピュータの間で繰り広げられるインタラクションに興味を持ち、特に視線に着目して研究を行っていたが、2008年よりデザインを専門として活動。学会活動としてヒューマンインタフェース学会 ユーザーエクスペリエンスとサービスデザイン研究会を立ち上げ、現在も活動中。Association for Computing Machinery、ヒューマンインタフェース学会会員。ヒューマンインタフェース学会論文賞、HCD-Net Award 2023受賞。著書に「Passive Eye Monitoring: Algorithms, Applications and Experiments」(Springer)、「2030年の情報通信技術: 生活者の未来像」(NTT出版)、いずれも共著。

NTTテクノクロス株式会社

NTTの研究所が生み出す研究成果を軸に、世の中の先端技術を掛け合わせ、サービスやソフトウェアを提供している。事業領域としては、システム開発事業を軸に、CX事業やDX事業、セキュリティ基盤など多岐にわたる。

https://www.ntt-tx.co.jp/

 

 

 

目次

現場の技能継承という課題に直面

「参加型デザイン」の手法を取り入れ技能抽出に活かす

ワークショップ形式で暗黙知を引き出す

 

 

 

 

現場の技能継承という課題に直面

 

桐原永叔(以下、桐原) 昨今、半導体に非常に注目が集まっており、時代がひと巡りして、ハードウェアの可能性をもう1回見直す時期に来ていて、日本の製造業にも大きなチャンスが巡ってくると考えられます。製造業も含めてレガシーな産業のなかで眠っている職人技やナレッジや経験がどのように蓄積されているのか、そこに着手されているNTTテクノクロスの「技能抽出・コンテンツ化手法 MEISTER*」のお話をお伺いしたいと思っています。

 

大野健彦氏(以下、大野) 製造業に限らずあらゆる業界において「現場」というものが日本の強みであったと認識しておりまして、1980年代、いわゆる日本が世界のナンバーワンだった頃には非常に強かったのですが、徐々に自分たちの強みを忘れがちになって、特にバブルが崩壊した後、シュリンクしてしまったという経緯があります。

 

桐原 むしろ海外企業が日本的な現場のノウハウを学習していますよね。

 

大野 アメリカは日本がなぜ強かったかを分析して、現場の暗黙知が共有されるようにオフィスも設計しています。少し昔の話になりますが、わたしがFacebook(現Meta)の本社に行ったときに、日本の大部屋文化を真似して、CEOであるザッカーバーグの席も他の人たちと分けていない。それは何のためかというと、いろいろなところにある暗黙知を組織でうまく展開するのが目的なんです。アメリカはそれまで一人ひとりが個室で働いていたのが当たり前だったのを、先進的なIT企業はあえて壊して日本風に変えていった。そんなふうにアメリカが日本を学んでいるあいだに、日本は日本の良いところを忘れてしまって、今に至っているという感覚があります。

 

桐原 大野さんの所属している「こころを動かすデザイン室」とはどういう業務を行っているのですか。

 

大野 この部署は元々NTTの研究所で、「ヒューマンセンタードデザイン(人間中心デザイン)」と言って、システムを開発するときにはそれを使う人のことを考えましょうという研究分野の研究成果をビジネスに活用するために設立された経緯があります。人間中心デザインには人間工学を起点とする割と長い研究の歴史があります。その中で我々はヒューマンインターフェース、ユーザーエクスペリエンス、サービスデザインなどの研究をしていたのですが、あるとき、NTT西日本からNTTグループにおける現場の暗黙知を取り扱えないかという相談をもらいました。その理由は、東日本然り西日本然りですが、NTTは膨大な通信インフラを有しており、かつ、その通信インフラは、最後は各家庭まで1本1本光ファイバーだったり電話線だったりと多種多様な線でつながっています。それをかなりの人数がコストをかけて維持、メンテナンスしてきたわけです。それがいわゆる団塊の世代の大量退職という事態に直面します。このままでは今の通信品質を維持できないのではないかという危機感を経営層が持ちまして、このベテランの技能を、その人たちがいなくなってしまう前に、現役や若い人に伝承していかなければいけない。技能継承の研究をして、その成果でNTT西日本及び東日本の技能継承を手伝ってほしいという依頼だったのです。そこで研究に着手したというのがスタートラインになっています。

技能抽出・コンテンツ化手法 MEISTER*:熟達者の暗黙知を抽出・可視化する手法。暗黙知を組織全体で活用することで、組織をより強くし、生産性を向上させることを目指す。

 

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