成功体験が生んだ停滞──テレビはネット時代に適応できるか
iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長・中村伊知哉氏に聞く 第1回

日本はコンテンツ大国でありながら、その資産の有効活用には後れをとってきた。国を挙げてIP(Intellectual Property=知的財産)ビジネスに舵を切るなか、旧郵政省時代から日本のコンテンツ戦略に携わってきたiU学長・中村伊知哉氏に課題と将来性について伺った。(全5回)
取材:2025年2月10日 iU竹芝サテライトオフィスにて
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中村 伊知哉(なかむら いちや) iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長 京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学で博士号取得(政策・メディア)。1984年、ロックバンド少年ナイフのディレクターを経て旧郵政省入省。1998年、MITメディアラボ客員教授。2002年、スタンフォード日本センター研究所長。2006年、慶應義塾大学大学院教授。2020年4月、iU学長に就任。著書に『超ヒマ社会をつくる』(ワニブックス)、『ポスト2020の都市づくり』(共著、学芸出版社)、『コンテンツと国家戦略』(角川書店)など。 |
目次
成功体験が妨げたテレビとネットの融合
桐原永叔(IT批評編集長、以下──) フジテレビ問題もあって、今テレビというビジネスモデルが危機に瀕しているように言われています。旧郵政省にいらして、通信と放送の融合を担当されていた中村さんは、この状況をどう捉えていますか。
中村伊知哉氏(以下中村) 従来のテレビが持っていたコンテンツをつくって流すという機能は、以前ほど強い価値を持たなくなったとしても、世の中に残るだろうなとは思うんですね。それがネットでできないかというと、そんなことはないし、ネット側の人たちもできると思っています。逆にネットが得意とするコミュニケーションの活性化という機能をテレビが果たし得ていないという状況だと思うんです。思えば、ここ15年ほどは新しい文化がテレビ側からほとんど生まれていない。新しいトレンドやムーブメント、文化は、ほぼほぼネットから出てきている。
──ネットの側から見るとテレビはオールドメディアという捉え方になってしまっています。
中村 従来の文化コンテンツを持っているよというのがテレビ側の言いたいことで、それは別に否定しませんが、ここ20年大きく成長している領域って、ほぼネットが取っているというのが通信・放送融合後の状況かなと思うんです。例えば、テレビの日本市場が3兆円、4兆円ぐらいあるとして、ネットの市場が10兆円、20兆円になってきて、本来は融合なので、通信と放送、つまりテレビとネットを合わせたマーケットをどう広げていくかということを産業的にも文化的にも検討しなければいけなかったんだけれども、そこが二項対立になってしまっていて、放送側の限界がここにきて現れてしまっている。
──しかも、ネットといっても、GAFAMみたいな海外資本がプラットフォームを寡占しているのも大きな問題ですね。
中村 既存の日本の企業は、新しく成長した領域をとりにいかなかったと思います。本当はそこの大きくなるマーケットを放送と通信が一緒になってとりにいっていたら、もっとハッピーな融合になっていたはずなんだけど、とりにいかなかったから、放送側から見ると不幸な融合になっているってことなんじゃないですかね。
──新しいマーケットをとりにいかなかったというのは、成功体験が原因なのか、それとも保守的な感覚からってことなんですか。
中村 成功体験が妨げていたのだと思います。僕が役所にいた時に、1993年に初めて政府の文書で「通信と放送の融合」という言葉を使ったんですが、その時はテレビのビジネスをいかに壊さないでやるかというのがテレビ側の命題だったから、新しく出てくるテクノロジーやビジネスに対してどうやって壁をつくるかということに日本のテレビ業界は熱心だった。ホリエモンさんや三木谷さんがテレビ局買いたいって言って破談した直後、2006年に、アメリカのCES(Consumer Electronics Show)で、アメリカのテレビ局はみんなオンラインで同時配信するって宣言だして、同時期にイギリスのBBCもやり始めた。だけど、日本でその動きがでたのは3年後です。その時にスタートが切れなかったことが、その後もずっと響いたなと思うんです。でも、僕から見ると、よくテレビもここまでもっているなと思いますよ。
──それはコンテンツの力なんですか。
中村 日本のテレビが優れていたんだと思います。ビジネスモデルとしても、コンテンツとしても、日本の文化にはまっていた。あるいは新聞とテレビの政治的な関係もあって、強さはずっと発揮されてきたと思うんですね。