発明を生む仕組みの発明
AI、情報科学、そして「ユートピア」への緩慢な歩み? 
ノーベル賞とテクノロジーの経済を巡る省察 第4回 

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

経済が近代を形作ってきた「長い20世紀」

 

アメリカなどでは軍産複合体がイノベーションを牽引し、やがて経済的に大きな意味をもっていくテクノロジーの多くを生んでいる。たとえば、インターネットの生みの親となったDARPA(国防高等研究計画局)ネットのような事例は数多い。
この近現代の1870年から2010年の約140年間を、経済を軸にした「長い20世紀」として画し、経済がいかに近代を形作ってきたかを俯瞰したのが、カリフォルニア大学バークレー校の経済学教授、ブラッドフォード・デロングによる『20世紀経済史 ユートピアへの緩慢な歩み』上下(村井章子訳/日経BP)だ。
長い20世紀といえば、これまた前々回にとりあげたイタリアの歴史社会学社のジョバンニ・アリギが提唱したものもあるが、こちらは世界システム論(イマニュエル・ウォーラステイン)に則って資本主義の発展を15世紀から20世紀後半の「歴史的なサイクル」として分析しており、経済を武器とした覇権国家の変遷を見るのに対し、デロングのそれは経済思想の変遷を追ううえで設けられたコンセプトである。
デロングの長い20世紀とはつまり以下のように始まった経済社会のことだ。だいぶ長いのだが大事なところなどでためらわず引用しておく。

 

一八七◯年を境に変わったのは、当時先頭を歩んでいた北大西洋諸国が発明を生むしくみを発明したことである。彼らは単に自動織機や鉄道を発明しただけでなく、産業研究所と近代的な企業を発明し、それが大規模な企業の出現につながる。その後は、産業研究所で発明されたものが国家規模さらには大陸規模で活用されるようになった。おそらく何より重要なのは、古いものを改良する発明にとどまらずまったく新しいものを発明すれば、途方ない利益が上がり多くのニーズを満足させられるとこれらの国々が気づいたことだろう。
そう、単発的な発明ではなかった。組織的な発明の方法が発明されたのである。大規模な企業が単発的に出現したのではなかった。近代的な組織化の方法が発明された。この二つは、近代的企業における中央集権的指揮統制機能の出現にとって欠かせない要素だったと言えよう。一八七◯〜一九一四年の期間には、どの年をとっても初代の産業研究所群からより新しくより優れた工業技術が誕生し、それが実用化された。ときには既存の製造事業者に売り渡されることもあったが、それよりも一つひとつの技術が大きな企業組織の創設や拡大につながることのほうが多かった。

『20世紀経済史 ユートピアへの緩慢な歩み』上

 

20世紀経済史 ユートピアへの緩慢な歩み 上下
ブラッドフォード・デロング 著, 村井 章子訳
日経BP
IPSBN978-4296001309

 

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