AI、情報科学、そして「ユートピア」への緩慢な歩み? 
ノーベル賞とテクノロジーの経済を巡る省察 第4回 

発明を生む仕組みの発明

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

今回、ヒントン、ハサビスの両氏がノーベル賞を受賞したことの意味はことのほか大きい。それは、物理学と同等以上にAIが重要性を持つ時代の始まりを告げているからだ。

 

 

目次

珍しかった起業家のノーベル賞受賞

経済が近代を形作ってきた「長い20世紀」

「長い20世紀」の終焉

 

 

 

 

 

珍しかった起業家のノーベル賞受賞

 

今年のノーベル賞でもうひとつ、論じておきたいことがある。それは、先に述べたようにヒントン、ハサビスの両氏がグーグルというビッグテックに関与しており、さらにはみずからも起業したビジネスパーソンであることだ。
過去のノーベル賞を振り返っても、自然科学分野で、民間企業勤務のビジネスパーソンが受賞した例は決して多くはない。1956年にノーベル物理学賞をトランジスタの開発で受賞したウィリアム・ショックレーらはベル研究所(ベル・システム社)の職員だったし、日本でも島津製作所の田中耕一氏が2002年のノーベル化学賞を受賞したり、青色発光ダイオードを発明したとき中村修二氏が日亜化学工業の開発部主幹研究員だったりしたという事例は記憶に残っている。
ここまで触れてきたように、自然科学の発達は国家の主導によるもの、政策によって牽引されてきたものが多い。20世紀の自然科学の研究には莫大な費用がかかり、民間企業で担えるものではなかったからだ。
「国民的革新システム(National Innovation System, NIS)」という考えがある。イノベーションや科学研究が国家の経済的発展や競争力にどのように寄与するかを説明するための概念である。20世紀後半以降、各国の科学技術政策や経済戦略が大きく変化するなかで、この概念は重要な理論的枠組みとなっていった。

 

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