テクノロジストが夢見る国家と奇妙なニューロダイバーシティ
第3回 「愛国心」はだれのものか
アレックス・カープが『テクノロジカル・リパブリック』で描く国家とテクノロジーの未来像は、パランティアという企業の歩みと切り離して理解することはできない。CIAやNSA(National Security Agency:アメリカ国家安全保障局)との協働を起点に成長した同社は、移民管理や軍事、安全保障の領域で影響力を拡大してきた。本節では、その事業モデルと思想的背景をたどりながら“公共善”の名のもとに進む監視インフラの拡張と権力の再編を検証する。
目次
パランティア社躍進の背景
『テクノロジカル・リパブリック』は、一貫して著者2名が在籍するパランティア社を称揚するトーンが貫かれている。パランティアという企業を論じる際、まず確認すべきは、この会社が最初から民間企業と国家機関との境界を意図的に曖昧にして設計されたという点だ。アメリカ大統領直轄の諜報機関CIA(Central Intelligence Agency:アメリカ中央情報局)の非営利ベンチャーキャピタルIn-Q-Telから初期資金を得て、NSA(National Security Agency:アメリカ国家安全保障局)とも早期から契約を結んだパランティアは、当初からヒッピー文化の流れを汲むシリコンバレーの反権力的なセルフイメージとは正反対の地点に立っていた。
その実態が最も鮮明に現れているのが、ICE(Immigration and Customs Enforcement:移民関税執行局)との協働だ。パランティアはELITE(Enhanced Leads Identification & Targeting for Enforcement)およびImmigrationOSと呼ばれるシステムを開発し、政府データと商業データを統合して近隣地域をマッピングし、個人の詳細な身上書を生成したうえで「住所信頼スコア」を算出して強制捜査を誘導する。契約額は3000万ドル。このシステムのもとで逮捕された移民の70%以上が犯罪歴を持たず、合法的な在留資格を持つ人々まで標的とされ、死者も出た。EFF(Electronic Frontier Foundation:電子フロンティア財団)はパランティアの人権方針を「弱い説明責任メカニズム」と断じた──原則を謳い、批判には声明で応じながら、現場ではなにも変わらないパターンの典型だとして。
監視のインフラは当初の用途を超えて拡張する。パランティアはICEとの協働以前に、米陸軍のための抗議活動予測ツールを開発していた。アムネスティ・インターナショナルは、同社の技術が親パレスチナ学生デモ参加者の監視にも転用されうると警告している。移民の取り締まりのために導入されたシステムが、民主的な異議申し立てそのものを標的にしうる——これが監視国家インフラの本質的な危険性だ。
これは対岸の火事ではない。パランティアは2019年より日本企業との提携をはじめ、2024年元旦の能登半島地震では石川県に対して被災者情報のデータベースシステムを提供した。パランティアの民間向けプラットフォームFoundryを用いて被災者の位置に応じて個人情報へのアクセス権を動的に調整する機能を実装したとされる同システムは大いに役立ったのだが、疑いを持たれにくい文脈でデータ統合の実績を積み社会インフラへの組み込みを深めていく手法は、ICEとの協働で見せたものと相似している。
2026年5月23日付の日本経済新聞のコラムによれば、パランティアが提供する軍事作戦立案支援システムについて、防衛省幹部が「一刻も早く日本に導入すべきだ」と述べている。2026年3月にはピーター・ティール会長が高市早苗首相と面会しており、日本政府はシステムの本格導入に近づいているとみられる。米国防総省は全軍のセンサーと火器を単一ネットワークで結ぶ「JADC2(統合全領域指揮統制)」構想を推進しており、パランティアはその中核ベンダーだ。台湾有事などに備えた日米のシームレスな連合軍運用のためには、自衛隊のシステムを米軍の標準──すなわちパランティアのアーキテクチャ──に合わせる必要があるという構造がある。
「愛国心は金になる」
本連載でも記した2018年のケンブリッジ・アナリティカ(CA)問題も、この文脈で読む必要がある。内部告発者クリストファー・ワイリーは英国議会で幹部クラスのパランティア社員がケンブリッジ・アナリティカのオフィスに来て、Facebookから不正取得した5000万人以上のデータを使ったモデル構築に携わっていたと証言した。同じ内容はワイリーの著書『マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(牧野洋訳/新潮社)にも記されている。パランティア社は当初全面否定したが、社員との接触を示すメールが発覚すると声明を修正、「当該社員の個人的行動」として組織的関与を否定した。真相は確定していないが、構造的な問題は明らかだ。共同創業者のピーター・ティールはFacebook取締役でありトランプ2016年選挙の主要支援者、CAのトップにはスティーブ・バノンがいた。そもそもCAの全身であるSCL(Storategy Communication Laboratories:戦略的コミュニケーション研究所)がベンチマークとしていたのはパランティア社である。
カープの『テクノロジカル・リパブリック』はこうした実態の上にある。本書でカープは「信念を失ったシリコンバレー」を批判し、国家的使命へのコミットメントを説く。だがこの語りは根本的な利益相反を抱えている。本書が「本来テクノロジーが向かうべき課題」として挙げる領域は、パランティアが収益を得ている領域と正確に重なる。「国家のためにリスクを取れ」という呼びかけは、その国家との契約で株価を上げているCEOの口から発されている。カープ自身、2025年11月のYahoo Finance Invest Conferenceで「愛国心は正しかっただけでなく、愛国心は金になる(Not only was the patriotism right, the patriotism will make you rich)」と発言した、と公言している。
さらにパランティアとICEのコミュニケーションは「移民=侵略・犯罪・テロの脅威」という恐怖のフレームを採用し、ハイテク法執行を「人民の意志」の中立的な実現として正常化する。監視される側は犯罪者として超可視化され、システムの受益者とされる「アメリカ国民」はその内部動作から遮断される。カープが本書で批判する「同調圧力」「信念の喪失」とは別の権力作用──可視性と不可視性を操作することで特定の人々を排除する権力──が、ここで静かに作動している。
本書は「信念を持った監視国家インフラ」の思想的正当化として機能している。問われるべきはその信念の内容であり、だれを守りだれを排除するかだ。