用立てされる“教養”——知の収束と前衛主義の系譜
3:前衛主義の第二波、学生運動からオウムへ
学生運動からエコロジーを経てオウムへ
1970年代、政治的前衛主義は内ゲバと敗北によって瓦解した。しかし「真実を知る少数が大衆を導く」という前衛主義の構造は消えなかった。担い手たちが向かった先は、エコロジー・有機農業・自然食という近代文明への対抗の回路だった。政治から生活様式への転位は、一見すると穏やかに見えるが、その認識論的な構造──覚醒した少数が大衆を正しい方向へ導く──は変わっていない。
藤本敏夫の軌跡はその典型だ。反帝全学連委員長として防衛庁突入を指揮し実刑判決を受けた藤本は、獄中で農業に目覚め、出所後に「大地を守る会」を設立、千葉県鴨川に自然王国を築いた。近代工業文明への告発は、有機農業という実践的な対抗文化として結実した。しかし晩年に著した『宇宙発の超エネルギー あなたもパワー放射ができる 21世紀の黙示録』(1990年)が示すように、反近代の論理はやがて神秘的宇宙論へと滑落していく。政治的前衛から有機農業、そしてコズミックな神秘主義へ。収束の欲望は形を変えながら貫かれた。
太田竜(太田龍)もまた同じ経路を辿った。新左翼活動家として東アジア反日武装戦線に思想的影響を与えた太田は、1993年に陰謀論に“転向”した。ユダヤ財閥、イルミナティと冠した著書名が示す世界観は、革命論の構造が秘教的世界観に置き換わったものだ。「隠された真実を知る前衛が、騙された大衆を覚醒させる」というヴァンガーディズムの文法は、まったく変わっていない。
この転位の背後にある論理は単純だ。「近代合理主義では説明できない」という否定は、「近代科学では説明できない隠された真実がある」というオカルト的認識論に滑らかに接続する。エコロジー運動とオカルトをつなぐ軸は、「隠された真実を知る前衛」という認識論的な構造の同型性にある。
注意しておきたいのは、神秘主義と陰謀論が単なる隣人ではなく、構造的に親族関係にあるという点だ。どちらも、表の世界の論理では届かない真実があるという前提を共有し、その真実へのアクセスを持つ者と持たない者という二分法を内包している。神秘主義が「霊的覚醒」によってその真実に至るとすれば、陰謀論は「隠された情報の解読」によってそこに至る。経路は異なるが、「覚醒した前衛と眠れる大衆」という前衛主義の骨格はどちらにも温存されている。だからこそ、政治的ラディカリズムが神秘主義を経由して陰謀論へと流れ込む経路は、思想の逸脱ではなく、構造の必然だった。
その行き着いた先が、オウム真理教だった。中沢新一がチベット密教を称揚し、それがオウム真理教の宗教的権威づけに利用された経緯は、エコロジーとスピリチュアリティを橋渡しするニューエイジの文脈なしには理解できない。1984年、東京大学駒場キャンパスの学園祭でニューアカデミズムのスター──中沢のほかに浅田彰もいた──とオウム真理教が同じ場に存在していた事実は、この思想的連続性を象徴している。近代の合理主義への対抗として始まった運動が、解脱者が大衆を救済するという神秘主義的前衛主義へと転化し、最終的にサリンという暴力の行使へと至った。前衛主義は、内容を変えながら、収束の論理を温存しつづけた。
オウム真理教が高学歴の理系エリートを多く取り込んだことは、この転位の認識論的構造を鮮やかに示している。近代科学では説明できない隠された真実があるという前提は、科学的思考に慣れた者ほど、論理的に受け入れやすい形式を取ることができる。証拠に基づく思考の文法が、隠された証拠を追う思考にそのまま転用できるからだ。これはまさにカイヨワのいうミミクリの堕落──現実と虚構の境界を失った模倣の遊びが、もはや遊びではなくなる瞬間──であり、前衛主義の最終形態だ。
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