用立てされる“教養”——知の収束と前衛主義の系譜
2:前衛主義の第一波、大正教養主義から昭和ファシズムへ

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

目次

大正教養主義から保田與重郎へ

収束の物語として機能した保田與重郎の日本精神

 

大正教養主義から保田與重郎へ

知を固定し所有しようとする欲望は、日本の近現代史のなかで三度、大きな破局をもたらしてきた。大正時代に花開いた教養主義──前回もとりあげた阿部次郎『三太郎の日記』への熱狂、西田幾多郎の哲学、岩波文庫の創刊──は、西洋の知を体系として所有し内面を陶冶するという理想を掲げた。それは知の民主化のように見えて、実は知を特定の様式に収束させる閉域の形成だった。「正しい教養を持つ者」と「そうでない者」という境界線を引き、前者が後者を啓蒙するという構造がそこに宿っていた。

「前衛主義(ヴァンガーディズム)」という言葉がある。もともとは軍隊用語の「前衛部隊(アヴァンギャルド)」に由来し、芸術運動を経て思想の文脈に転用された概念だ。真実を知る少数の前衛が、まだ覚醒していない大衆を導く。この論理は左派右派を問わず、知の収束が政治と結びつくときに必ず姿を現す。大正教養主義にもこの論理は潜んでいたが、それが露骨に純化されたのが、その崩壊後、昭和初期に登場した保田與重郎と日本浪曼派だった。

大正教養主義が特異だったのは、知の摂取が「どう生きるか」という問いと不可分に結びついた点だ。明治の集団倫理が解体され、西洋由来の個人主義が流入するなかで、旧制中学のエリートたちは宙吊りにされた。阿部次郎の『三太郎の日記』が熱狂的に読まれたのは、それが哲学書であると同時に「内面の陶冶による正しい生き方の指南書」だったからだ。知を所有することと、正しく生きることが、大正教養主義においては一体だった。

しかしここに危険な傾斜がある。知を正しく所有することで正しく生きられるという倫理的な優越は、やがて「美しきものを愛でる者こそが真に生きている」という美学的な優越へと純化していく。大正教養主義から日本浪曼派への転位はまさにその経路だ。そしてひとたび美学が「正しい生き方」の基準になると、それは他者への規範として外部化される。わたしが現代の教養ブームに覚える恐れの正体はここにある。「哲学を学ぶことで人生が豊かになる」「教養が生き方を変える」……。知と生き方を結びつける語り口が一般化するとき、そこには自己啓発的な純化への傾斜が潜んでいる。純化が進めば「正しく美しい者」と「そうでない者」という分断が生まれ、他者否定の論理はあっという間に舗装される。

そして、保田與重郎だ。保田は1930年代に活躍した文芸批評家で、万葉集や古事記に「真の日本精神」を見出し、それを軸に西洋近代をすべて「外来の毒」として排斥した。その言語は美しく、文体は魅惑的だった。旧制高校のエリートたちが熱狂的に傾倒し、なかには数学や物理、英語を「不要の学」とまで言い放つ者まで現れた。知の体系を純化しようとする欲望が、別の知の体系を丸ごとキャンセルする。愚かなことだが、収束した知の論理は常にそこへ向かう。

旧制高校のエリートたちが数学や物理、英語を「不要の学」とまで言い放ったのも、この論理の必然だ。「理系=近代合理主義=外来の毒」という等式が、倫理から美学への転化を経て成立する。加えてこのエリートたちの多くは、当時の不治の病である肺病を身近に感じ、死に隣接しながら生きていた。死の切迫は、あいまいさに耐える能力──ネガティブ・ケイパビリティ──を奪う。純粋であることへの殉教的な傾倒は、死への隣接が極限まで高めた純化の圧力だったとも読める。

そして「キャンセルカルチャー」の方法が選ばれる。正しい知の体系を所有する、美しき前衛が、汚染された大衆を啓蒙し不純なものを排除(キャンセル)する。キャンセルカルチャーの構造は、現代に突然生まれたものではない。大正教養主義の「西洋近代」という体系が崩れた後、保田與重郎の日本浪曼派はその骨格をそっくり引き継ぎ、中身だけを「日本精神」へと置き換えた。

 

収束の物語として機能した保田與重郎の日本精神

前衛主義の論理は温存されたまま、内容だけが入れ替わる。これこそ収束する知で、反復されてきた病理だ。歴史としてみれば、その危険性は際立つ。「日本精神」という知の収束が完成するほど、そこに収まらないものはすべて排除の対象になった。

形而上的なファシズムへの転化はその帰結であり、知識人たちは抵抗の言葉を失っていった。自分自身がその体系を内面化してしまったために、抵抗の言葉と論理を失ったからだ。ネガティブ・ケイパビリティが失われた場所に、収束の暴力が宿る。

大正の知識人たちが保田與重郎的キャンセルへと滑り込んだのも、彼らには「堕落した近代合理主義への正当な批判」という論理があった。各ステップには「もっともらしい理由」が貼り付けられる。倫理的優越、美学的優越、他者規範、排除という転化は、内側からは見えない。わたしが知の遊戯性にこだわるのは、この論理の舗装を疑う強力な方法だからだ。完成した論理こそを誰かのつくりものとして笑うことだ。

そのことを、ヴィルドゥングスロマン──教養小説──という文学形式は図らずも証言している。自己形成の過程が特定の内面へと収束するものとして描かれるこの物語形式は、知の外生的注入という発想と深く親和する。阿部次郎的な教養主義も、保田與重郎的な日本精神も、どちらも答えがあらかじめ用意された、収束の物語として機能した。主人公は外から与えられた体系に向かって成長し、それを内面化することで完成する。

そして、その完成の瞬間に、主人公は問いつづけることをやめる。体系を手に入れたからだ。ベイトソンの学習Ⅲへの跳躍──知からの解脱──は起きない。その完成を恣意的な構築物として見放す瞬間を得ることがない。完成したと思っていたものが、ただの構築物として浮かび上がり、問いが再び開かれる。そういう経験こそが、本来の知的な活動だ。

大正教養主義から保田與重郎へというこの転化は、第2回で論じた著作権の論理とも通底する。表現を特定の主体に帰属させ、複製を制限することで利益を回収する著作権制度は、知を「偏在させる収束の装置」だった。保田の日本精神も同型の装置だ、本物の知を特定の祖型に帰属させ、そこから逸脱する表現を「外来の毒」として排除する。収束の欲望は、著作権という知を管理する経済的な装置においても、民族精神という形而上的な装置においても、同じ排除の論理を生み出す。

注意すべきは、大正教養主義と日本浪漫派的キャンセルは、単なる思想の継承ではなく、同型の構造的欲望の別形態だという点だ。どちらも、真実の知を外から注入できるという外生的発想を共有し、それを所有する者が正統性を持つという前衛主義の論理を内包している。ハイデガーの言葉を借りれば、どちらも教養を用立て──特定の目的のための備蓄として固定──することで、知の本来の現前の可能性を閉じている。

第3回に続く