イノベーションを加速させる安全と信頼の設計図
AIセーフティ・インスティテュート所長 村上明子氏に聞く
第2回 人とコンピュータとの対話を追究しつづけて
「Watson」に携わっていた村上氏にとってLLMの登場は“突然の革命”ではなく、長年の技術的連続性の延長線上にあった。AI冬の時代を越え、言語と人間の関係に向き合い続けてきた歩みは、やがて生成AIの時代へと接続する。流行ではなく「好き」を軸に研究を貫く姿勢が、技術の未来を静かに準備していた。
取材:2026年2月9日 AIセーフティ・インスティテュートオフィスにて
村上 明子(むらかみ あきこ)
AIセーフティ・インスティテュート所長。SOMPOホールディングス執行役員常務 グループChief Data Officer。日本アイビーエム東京基礎研究所、同東京ソフトウェア開発研究所を経て、損害保険ジャパン入社、DX推進部長、執行役員 CDaO(Chief Data Officer)を経て現職。同社データドリブン経営推進部長を兼務。内閣府AI制度研究会座長代理ほか政府・自治体関連委員、一般社団法人言語処理学会理事ほか研究関連委員、経団連デジタルエコノミー推進委員会企画部会長ほか民間団体委員などを多数務める。また災害発生時に情報の収集・活用・発信に関わる支援活動を行う一般社団法人情報支援レスキュー隊 IT DART(IT Disaster Assistance and Response Team)設立メンバーであり、監事を務める。
目次
AI冬の時代を越えて――言語処理研究が接続した生成AI時代
都築 正明(以下、――)「Watson」に関わられていた村上さんからすると、後にChatGPTなどのLLMが出てきたことにはどのように感じましたか。
村上 明子氏(以下、村上)自然言語処理の研究者として、統計ベースのものから深層学習ベースのところに移っていく緩やかな変化はみていましたから、2023年にLLMが突然登場したという印象はありませんでした。2018年ごろまでは、IBMはまだまだ統計ベースの製品が売れるだろうと考えていましたが、私は研究所にいましたから、正直なところもう少し早く深層学習の時代が来るのではないかと考えていたというのが正直なところです。損保ジャパンに転職をしたのが2021年のことですが、ユーザーと接する機会の多かった2018〜2019年ごろには、つくる側にいるとIBM内のAI戦略にしか携わることができないので、世界的なAI戦略に関わるためにはユーザー側にいたほうが面白そうだと思いはじめていました。
――ルールベースのインテリジェンスシステムの後に「AIの冬の時代」があったといわれます。そのころはどんなことをお感じになられていたでしょうか。
村上 2000年前後から数年の「AI冬の時代」のころも、私の携わっていた自然言語処理は検索システムとして非常に注目を集めていました。ですから、直接、冬の時代と感じたことはありませんでした。ただ、隣接してAIシステムをつくっていた方々のなかには苦しんでいらっしゃる方もいたようです。しかし、私は人工知能というものが花開きいつかコンピュータと人間とがインタラクションできる時代がくると信じていらっしゃいましたし、自然言語処理の研究者も同じように感じていました。私は、大学入試のエッセイでも会社の入社試験でも「ドラえもんをつくりたい」と書いているのです。自分がドラえもんそのものをつくらなくても、やっぱりドラえもんの何かを実現する技術者になりたいと考えていました。私はそこで、人とのコミュニケーションをコンピュータで実現することで役に立ちたいと思っていました。研究者は、明日すぐに役立つことをつくるだけではなく、未来に役立つものを実現したいと思うものです。今は注目されてなくても、きちんと研究していこうというマインドにおいては、皆さん同じ気持ちを持っていたと思います。予算と人員は縮小されて、小さなコミュニティにはなってしまいましたけれど。
人とコンピュータとのインタラクションを追究する
――現在は国も企業もAI分野に大きな予算を投入するようになりました。
村上 いわゆる人工知能の「冬の時代」のころは学生の関心も薄くなっていたのかもしれません。現在の学生の方たちはみなさんAI方面に進みたいとおっしゃいますね。よく学生の方に「どうしてAIの研究を選んだのですか」と聞かれるのですが、自分が研究者やエンジニアになったときに何が主流になるかは誰も予測できないとお答えしています。冗談で「予測できたら教えてください」と言いますが、未来は予測できるものではありません。学生の方にはいつも自分の好きなことをするようアドバイスしています。私の場合も、好きだったことが、結果としてAIとして注目を集めただけです。好きなことであれば、長年続けられますよね。私がAIや自然言語処理に20数年関わりつづけているのは、そこに興味があって面白いと思ったからです。興味がなく、ルーティンワークとしてこなすことになってしまうと、情熱は持てなくなりますし、情熱が持てないと大きなことはできません。
――小学生時代にプログラミングに熱中したり、IT系の研究開発をしたりされていた方には、どちらかといえば工学的なものに興味のあるギークな気風を持つ方が多い印象を抱きますが、村上さんは人間に接するヒューマンなところに関心を抱いていらっしゃいます。
村上 私が人間との交流に深く興味を持ったきっかけは、SNSの前にテキストサイトやブログなどのころ、コンピュータを通じて人々が書く言葉がたくさん出てきた時代に、非常に感銘を受けたことです。レビューサイトも数多く立ち上がっていて、それまでのレビューというのは権威のある先生方が書いたものを恭しく本や雑誌で読むものでした。でも、隣にいるような私と同じ感性を持っているかもしれない人たちが書いたものをたくさん読んで自分の好きなものを選ぶ時代になったことが、とても面白いと感じました。そこで、学生時代にたくさんの論文を読まなければならなかった問題と同じ課題が立ち上がります。数多くのレビューが出てきたのはよいのですが、玉石混交のなかから自分の好きなものがどれかを選ぶことができない。そこで、大量のテキストをコンピュータで整理したいと感じたことが、私が言語処理に興味を抱いたモチベーションです。そこから人とコンピュータとのインタラクションに関心を抱くようになっていきました。