ブラザー工業プリンティング・アンド・ソリューションズ事業LM開発部の挑戦
第3回 すり合わせ文化からの脱却
属人化しやすい「すり合わせ文化」を持つ製造業と、モジュール思考のIT企業。両者が協働することで生まれた新しい発想と、DX推進への視座を探る。
【ブラザー工業株式会社】
ブラザーグループは、1908年にミシンの修理業として創業し、以来、110年を超える歴史の中で、事業の多角化、グローバル化を推進。あらゆる場面でお客様を第一に考える”At your side.”の精神で、優れた価値を迅速に提供することを使命としている
【プリンティング・アンド・ソリューションズ事業LM開発部】
家庭用から業務用まで豊富なラインアップを誇るラベルライター・ラベルプリンターなどを設計・開発。お客様の多様なニーズに対応している。
目次
企業文化の違いから得た視点
─水谷さんの部署が扱っている製品の特徴として、モジュールを組み合わせるというよりも、すり合わせが必要だったり、職人技的なテクニックが求められているのでしょうか。
水谷 小さい製品は単価も安いので担当者も少なく、特性としては内輪で完成させられるんですよね。そうなると、属人化は進んでいたのかなと思います。
モジュールを組み合わせてやるみたいな感じではないってことですよね。
水谷 そうですね。それができるといいんですけど。商品としてのコンセプトはそれぞれにあって、商品自体が増えていくと、すり合わせ技術に職人技に近いものが求められてきます。全部を逐次知識に残してみんなで共有するということにはなかなかならない状況です。
すべてがデータ化できるわけではなくて、暗黙知的な要素が残るということですね。
水谷 データ化できない部分は課題として取り組んでいます。
今回のプロジェクトでは、すり合わせでやってきた製造業の文化とモジュール的なIT企業の文化の違いは感じられましたか。
水谷 製造業はすり合わせ文化であるというのはご想像の通りで、そこには限界があるので、モジュール化に取り組んでいるところです。今の若手社員はプログラムを組むようにものづくりを考えています。プログラムは差し替えが効くところが強みですよね。今回、トリプルアイズと組んで、実際にそれをやられている方々と一緒に仕事することで、モジュール的な発想を吸収できたのは大きな意味があったと思います。
IT企業を見ていると、働き方もモジュール感覚ですよね。自分の守備範囲をきっちり決めてやるけれど、それ以外はあまり意識しない。一方で製造業の方々を取材するとそうは思っていません。関係者とやり取りしながら、全体を見ながらオーバースペックにならないようにちょうどいいところに照準を合わせてくる。逆にわたしは製造業の方々のチーム文化はすごくいいなと感銘を受けたりするのですが。
水谷 そうですね。今回は僕らの土俵でやらせていただいたので、製造業の持つすり合わせ文化やチームで働く文化とトリプルアイズのモジュール発想の両方の視点でやれたかなと思います。
危機感が後押しする製造業のAI化
製造業はDXが進んでいないと言われがちですが、どこに原因があるとお考えですか。
水谷 ものづくりがすり合わせで今まで成り立ってきたというのは確かにあるのかなと思っています。
職人技とか暗黙知みたいなものが、モジュールとモジュールの隙間にまだたくさん残っているってことですよね、
水谷 製造業は暗黙知との戦いだと思います。
職人さんから暗黙知を引き出すのが難しい、言語化できていないことが指摘されます。
成瀬由基氏(以下、成瀬) 知識の体系化は進んでいますが、教科書的な学習だけでは限界があって、現場で学ぶOJTでの経験獲得が必要な面も多くあります。
わたしは、すり合わせの文化、アライメントの文化にもう1回戻ってくるんじゃないかという気もしています。デジタルですべて解決するのではなくて、AIと人間が一緒にやらざるを得ない部分、というか、一緒にやった方がいいと気づくのではないか。人間と機械が依存し合うような関係がものづくりの現場でも起きることの方が現実的だろうと考えています。
成瀬 僕は専攻が数学なんですけど、AIが出てくるまでは自分のプレゼンスを数学的なスキルで示していたんですけど、ChatGPT-3.5以降、自分が解けるようなレベルのものはすべてAIもできているわけです。そういう意味では、AIが発展してくこの流れを考えると、企業がDXに取り組まないのはほんとうにもったいないって思っています。自分の固有スキルでご飯が食べていけると思うのは慢心だと思っていて、危機感を持って今から備えておくというのが、「AI Everywhere.」という社内で掲げているコンセプトの根本にあるのかなと思っています。
そこは非常に大事な視点だと思います。IT企業のプログラマーこそAIに仕事を取られるということも現実に起き始めていて、エンジニアが79万人不足すると言っていたのに、逆に79万人余るんじゃないかという逆シナリオすら考えられます。コンピュータという言葉は計算手の職業名だったのが今はマシンを指しています。プログラマーもそのうち職業名ではなくて機械の名前になるかもしれません。今はすごい変わり目だと思っていて、だからこそ先行者有利が働く世界ですよね。
水谷 どれだけ忙しくても、新しい技術に触れる時間を確保することがすごく大事だなということを今回改めて感じました。1年間一緒に学ばせていただいて、技術の広がりを感じたのでありがたいと感じています。既存の大きなプロセスを変えることがなかなか難しい現状に対して、新たな常識を持った新しい人たちが入ることで今の常識が変わっていく可能性を感じています。これからAIナチュラルと呼ばれる新しい人たちが増えてパイを占めてきたときに、本当の変革が始動するんじゃないかと考えています。(了)
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