エンタメ社会学者・中山淳雄氏に聞く
第2回 マイノリティとテクノロジーが生んだ創造の波

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

テクノロジーがクリエイターに与えたのは表現の自由だけでなく、社会の価値観を揺るがす力だった。マイノリティがボカロやニコ動に救われた背景や、創作と経済の狭間に見る「表現の進化」について聞いた。

中山 淳雄(なかやま あつお)

エンタメ社会学者。コンテンツの海外展開がライフワーク。事業家(エンタメ企業のコンサルを行うRe entertainment)と教員(早稲田・慶應・立命館)、行政(経産省コンテンツPjt主査、内閣府知財委員)を兼任。東京大学社会学修士、カナダMcGill大学MBA修士。リクルート・DeNA・デロイトを経て、バンダイナムコスタジオ・ブシロードで、カナダ・シンガポールでメディアミックスIPプロジェクトを推進&アニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を担当。

著書に『キャラクター大国ニッポン』(中央公論新社)『エンタメビジネス全史』『クリエイターワンダーランド』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』『エンタの巨匠』(以上、日経BP)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』『ヒットの法則が変わった』(以上、PHPビジネス新書)『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版会)など。

目次

クリエイターは社会の価値観を覆す側にいる

桐原永叔(以下、――)いくら先端テクノロジーと言っていても、現状の課題への最適化を追求するだけでは進化に限界がくるはずです。既存のルールの範囲を超えるような人が使わないとイノベーションは起こらないのではないかと。2000年代以降、ボカロが登場してきて、現状に不適合な弱者とかマイノリティが、テクノロジーにエンパワーされて起こしたイノベーションの例ではないかと思っています。

中山 今あるものを覆えそうとする人と、今あるもので満足して肯定する人で分かれるとしたら、クリエイターは基本的に前者なのだと思っています。僕は人に興味を持つタイプなので、クリエイターって面白いなとか、どういう人が原作者や作家になったのだろうかという観点で見ていました。2018年ごろから、ブシロード時代も含めてボカロPやVチューバ―1、それらをビジネスとする人々に出会って、とにかくカオスなこの領域が面白かった。

ボカロブームになったときに、音楽雑誌のインタビューで、ボカロPの誰かが「メジャーに行かないんですか」と聞かれて、「メジャーアーティストが幸せに見えないからメジャーなんか行きたくない」と言っていたのが印象に残っています。

中山 ただ人前にでるという活動が既存のルートを外れて新しいツールで出来るようになって、それまでの競争のレールには乗っていないのに、なぜか新時代のスターになってしまう。有名人になるルートがテレビではなくなっていく。

新しい武器としてボカロを使った人たちとはどういう人たちなのか、ずっと興味を持っていました。

中山 僕が出会った人たちは、2006~13年のYouTube浸透前のニコ動2時代に、中高生か大学生だった人が多いんです。今でいうと30代半ばまでの人たちでしょうか。最初は彼らの学校ドロップアウト率に驚いたんです。大きな理由もなくただ学校に行っていなかったとか、「よく親がそんな状況を許したね」と自分の時代との違いを痛感して。でもニコ動のなかで新しいコミュニティを見つけて、そこで社会があって、SNSや配信という形式のなかで偶然にクリエイターへの道筋を見つけた人が多かった。最初はそれを仕事にしようというわけでもなく。ニコ動もお金になるようになったのは2010年代前半ごろですよね。00年代は儲かっていなかった。

それは、表現欲求として何か発露したいという強い思いを持っていたということでしょうか。

中山 そう思います。ツールが人に与える影響は大きくて、特に音楽と映像を制作するツールが出てきたのは画期的でした。それまでのテックは、やっぱりテキストがメインなんですよね。そうすると、表現へのアクセスが学歴と相関が高く、「結局頭のいいやつが成功している」状況になりがちでした。

テキスト主体だとそうなりますね。

中山 本当に。それに対して、ニコ動ブームの頃に突出したクリエイターたちは地頭こそよいものの、決して学歴のようなリアルの世界でのランキングが高い子、ではなかったように思います。

クリエーターが生き残るためにはマーケットが必要

今まで表現したいものがあったけど、スキルもないし仲間もいない人たちが、テクノロジーによって選択肢が増えて絵筆を使えなくても絵が描ける、楽器ができなくても曲をつくれるみたいなことが実現したわけですね。

中山 そうですね。でも産業になって経済をまわすようにならないと、世間はフォーカスしない。2010年代後半になってからボカロPはずいぶん取り上げますが、実はそうした対象にならずに消えていった市場もいっぱいあったんじゃないかと思います。 ヒカキンは2006年からニコ動でもやっていましたけど、そちらでは花開かず2012年にYouTuber専業になるんですよね。その1年後にはジャスティン・ビーバーとコラボするほどになるんですけど、結局彼が専業化を決意できたのって「サラリーマンの月収くらいは稼げる」なんですよね。2010年代後半くらいに私が接点をもったライトノベルの作家さんも、100万部売れていようとなんだろうと、「月給30万円、安定的に入るようになったら専業になる」と口を揃えて言っていました。プラットフォーマーが広告でも投げ銭でも市場を作り、ユーザーからお金をもらってクリエーターに還元するルートがないと、コンテンツを主業とするクリエイターって出てこないと思うんです。

ケータイ小説で当たった「魔法のiらんど3」でも、そんな話を聞きました。あの頃は文芸作家になるためのデビューの近道みたいな感じでやっている人もいましたよね。

中山 米津玄師4さんがソニーミュージックに入ったというのも、ひとつ象徴的だと思うんです。

米津玄師さんがデビューしたとき、あのボカロPの「ハチ」がメジャーに行くんだとネットでは話題になっていました。

中山 完全にメジャーに対してNOの人ばかりでもないというか、そこはちゃんと効率的に見ているんだと思うんです。経済をまわして、量産に耐えて組織力でという風に考えると、サステナブルに活躍するにはやっぱりメジャーに行く。でもそれは“テレビメジャー”ではなくて、今は“ネットメジャー”でもあるかもしれません。

ボカロ以降のミュージックシーンを見ていると、表現として革命が起きているみたいなことを感じます。1960年代、ビートルズが登場して全米市場を制覇していく例に近いようなことが起きているんじゃないかと思っているのですが。

中山 一瞬だけ切れ目ができて、ぶわーっとクリエイターが出てきて、また切れ目が閉じる感じがあります。いま書いている本で、エレキギターの月産台数を調べたんですけど、1960年に3500台だったのが、1965年には6万台にまで増えているんです。そう見ると、60年代の音楽シーンが作り出した空気ってすごいですよね。僕はこの時代はちょっと見てみたかったなって思うぐらい、ここだけ異質なことが起きていた時代だなと思います。

エレキギターが若者たちの武器になった。アコースティックギターと違うのは音量を上げれば、多少下手でも格好がついてしまう。大衆文化の歴史では、最初にアマチュアリズムが斬新なものと受け入れられてプロ化するなかで技巧的になって飽きられ、またアマチュアリズムに戻る繰り返しがみられますね。新陳代謝というか。

中山 はい、今ではロックをやっているのはかなり中高年齢層になってますし、サイクルが繰り返されますよね。

アメリカで構築された分析メソッドを日本のコンテンツに適用する

――ギターの売り上げから時代を見ていくというのは、とても中山さんらしいですね。

中山 数字データから何らかの傾向を読みとるのが楽しくて、その時代を象徴する何かが欲しいんですよ。

多くの音楽評論はそうは書いていません。何かのブームが来て誰々がヒットを飛ばしてみたいな話になります。中山さんは本のなかですごい量のデータを掲載していますが、情報ソースはどうやって拾ってくるのですか。

中山 8割方オープンソースだけど、尋常じゃないぐらい日々見ていて、専用のexcelみたいなファイルに保存してあります。部分的には実際にコンサルをしながら事業者としての数字も見ています。これは生データとして表には出せるようなものではありませんが、そこで仮説を構築しながら市場の流れをみる、という意味では同じですね。

けっこう大変な作業ですね。

中山 もう趣味の世界ですね。ギターの月産台数と年別アーティストデビュー数相関しながら、ははあなるほど、みたいな。

ビジネスの視点も含めた中山さんの語り口はドライでクールですけど、かといって文章からは冷たいイメージを受けません。

中山 文章はちょっと熱量がこもっていますね。

マイノリティのお話とか、虐げられた人たちがこんなすごいコンテンツをつくるんだというところに気持ちが現れます。

中山 マイノリティに関心があるのは、大学院で上野千鶴子研究室に所属して社会学やっていたことが大きいですね。性的マイノリティから宗教2世、人種も本当に多様で。そういった中で僕自身はいわゆる労働対価を得ずに働くボランティアへの意識と実態のズレについて研究をしていたんです。誰も人知れず自分なりの使命感などをもって生きている人たちに分析や言葉によって力を与えうるんだ、ということはその20年前の研究生活で学んだことですね。

そうなんですね。日本以外はこうしたエンタメの分析本があるんですか。

中山 アメリカではハリウッドを中心にしたエンタメビジネス学みたいなジャンルがあります。ハロルド・ウォーゲルの“Entertainment Industry Economics”とかですね。

ビジネス視点一辺倒ということですね。

中山 ハーバードだとケーススタディいっぱいありますよ。ビヨンセとかシャラポワのケースまであって。僕も100件ぐらいエンタメ系のケーススタディを見ていますが、7割方ハーバード大学で量産され、基本は英語のみ。2017年から20年ぐらいまでシンガポールのMBAで教えていたので読み漁っていたのですが、そこには「ポケモン」とか「ドラえもん」がまったく入っていないことに気がついて、アメリカで構築された分析メソッドを日本のコンテンツに適用したら面白いんじゃないかということで、この5年間本を量産してる感じです。