データ社会の不可視な<私>とネットワーク ――包摂とケアの主体としての個と協働を再考する
第1回 ストリートからアルゴリズムへと欲望と統治の声を聞く社会学者

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

監禁された社会学徒、再びゲットーに赴く

インド系移民として幼少期からカリフォルニアで過ごしたスディール・ヴェンカテッシュは、工学教授である父のもとで「理系で堅実な職に就く」ことを期待されて育てられた。

彼はカリフォルニア大学サンディエゴ校で数学を専攻し、数理モデルや構造的思考に魅力を感じていたという。数学の学位を取得した後、博士課程からシカゴ大学で社会学を専攻することになる。

専攻変更の直接のきっかけは、大学在学中に履修した社会学の講義だったとされる。実際、当初は統計に基づく数理社会学や経済社会学を志していたという。

彼の指導教官となったのが、ウィリアム・ジュリアス・ウィルソン教授である。

ウィルソン教授は、大都市のインナーシティにおける黒人ゲットーの社会的混乱の要因を解明し、人種ではなく階級の視点から現代アメリカの黒人問題を再解釈した研究で知られる。

邦訳書には、以下のような著作がある:

ウィルソンはシカゴ大学において都市不平等研究センターの所長を務め、都市貧困やアフリカ系アメリカ人の社会問題について研究と教育を展開していた。

ヴェンカテッシュに課された調査テーマも、アフリカ系アメリカ人の生活実態に関する社会調査だった。

彼が異例だったのは、アンケート用紙を綴じたクリップボードを手に、大学からも「危険なので近寄るべきではない」とされていた地域──黒人ゲットーの居住区に実際に足を踏み入れたことだった。

住人とのファースト・コンタクトは、このようにはじまる。

「あなたは貧しい黒人であることについてどう思いますか?」
「F**k you」

ポリティカル・コレクトネスに配慮して「あなたは貧しいアフリカン・アメリカンであることについてどう思いますか?」と尋ねると──

「おれたちはアフリカン・アメリカンじゃない。アフリカン・アメリカンはネクタイをして会社に行く。
オレたちni**aは仕事なんてもらえやしない」

挙句には、ラテン・キングスというメキシコ系ギャングのスパイだと勘違いされて監禁される。

一夜が明けると、リーダー格のJTという男がアンケート用紙を一瞥して言う。

「ウロウロしてくだらない質問をしても無駄だ。知りたきゃオレらみたいなのとツルむしかない。
来たところに帰りな。街を歩くときは気をつけろ」

解放されたヴェンカテッシュは翌日、お土産のビールを手に再びゲットーを訪問する。

JTの言葉を真に受けて、彼らと“ツルむ”ために。

仰天した取り巻きを前に、車にもたれたJTはいう。

「オーライ。じゃ、ツルもうじゃないか」

こうして、駆け出し社会学者はスラム化した団地に日参することとなる。

ヴェンカテッシュはのちに述懐する。
“I went in to do a survey. I came out needing to understand lives.”
(アンケートをとりに行ったら、生活を理解したくなってしまった)

アメリカのアンダークラス

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