人のパートナーとなるAIを探求する──慶應義塾大学教授・栗原 聡氏に聞く
第4回 “ブラック・ジャック”はいかに蘇生したか

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

プロジェクト「TEZUKA2023」では、クリエイターとAIが物語とキャラクターをともに生み出す実験が行われた。そこから見えてきたのは、AIは創造の代行者ではなく、人間の知性と感性に応じて“触発”する存在であるということだ。人とAIの対話が生む新しい創作のかたちが、いま現れつつある。

取材: 慶應義塾大学AIC・生成AIラボにて

栗原聡氏の肖像

栗原聡(くりはらさとし)

慶應義塾大学理工学部教授。人工知能学会会長。慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長、慶應義塾大学大学院理工学研究所修了。工学博士。NTT基礎研究所、大阪大学、電気通信大学を経て2018年より現職。科学技術振興機構(JST)さきがけ社会変革基盤領域 研究総括。人工知能学会倫理委員会副委員長。オムロンサイニックエックス社外取締役、情報法制研究所上席研究員、総務省情報通信法学研究会構成員など。専門はマルチエージェントモデル、複雑ネットワーク科学、計算社会科学。著書『AI兵器と未来社会 キラーロボットの正体』(朝日選書)、『AIにはできない』(角川新書)、共編著『人工知能学大事典』(共立出版)など多数。

目次

生成AIの“医者はどこだ”

都築 正明(以下――) 前回インタビューしたのは、AIで手塚治虫の新作漫画を制作する“TEZUKA2020プロジェクト”の『ぱいどん』ができたばかりのことでした。その後、継続した“TEZUKA2023”のもとで制作されたブラックジャックの新作「TEZUKA2023 ブラック・ジャック 機械の心臓 – Heartbeat Mark II -」が完成しました。このプロジェクトにおいて先生が構想されていたことはどのようなことですか。

栗原 聡氏(以下栗原) 生成AIは文章の要約や表計算、コーディングなどに長けています。そのように効率化によりコストを削減することは重要ですが、そのこと自体はイノベーティブな行為ではありません。資源もなくグローバル経済においても劣勢に立たされている日本では、私たちはイノベーションを起こして新しいモノをつくりだして、そのうえで効率化をはからなければならないと考えました。たしかに現在のAIには膨大な人間の知識が詰め込まれているものの、これまで人が考えたあらゆることの総量を超えるわけではありません。つまり現在のAIが単独でイノベーションを起こすことはできないわけです。しかし1人の人間から見れば、AIへのある問いかけにおいて、自分以外の誰かが考えたことや、それこそ専門家の考えた知識もAIにはほぼほぼ含まれているでしょうから、その人にとっては、自分にないさまざまな案をAIから受け取ることができますから、AIが発想を後押しすることは十分可能です。

アイデアを拡張し、エンパワーメントするツールとしてAIを用いることでイノベーションを起こすことを期したということですね。

栗原 「ぱいどん」のプロット制作のときは、私たち研究室のメンバーでも腑に落ちるプロット(あらすじ)から、私たちには支離滅裂に思えるようなプロットまで、我々のシステムにて生成されたすべての案を制作会議で手塚眞さん(故手塚治虫氏のご長男)にお渡ししたのですが、私たちがよくできていると思ったプロットは、ことごとく却下されました。クリエイターの方々にとっては、我々にはデタラメだと思えるようなプロットの方が面白いストーリーを生み出す可能性があり、創作意欲が刺激されるというのです。異なる文脈やバラバラなアイデアを、どのように繋げて新たな価値を生み出していくのかということにおいて、人とAIのコラボレーションにより生まれるイノベーションの力を実感しました。

前回の「ぱいどん」では、独自に開発したストーリー生成AIとGANを利用してキャラクターデザインを行ったと伺いましたが、今回のブラックジャックでは生成AIを活用されたのでしたね。

栗原 はい、今回のプロジェクトでは、GPT-4とStable Diffusionを使い、プロット制作からシナリオ制作、新キャラクターの生成を、AIとクリエイターとインタラクティブな協働作業で行いました。セリフやコマ割においてもAIのアイデアを活用しつつ最終的な作業はクリエイターが行っています。クリエイターがうなずくレベルのストーリーを生成AIに出力させようとすると、場合によっては、数千字にもなるプロンプトとなり、これをクリエイターが直接書くことは困難です。そこで、クリエイターの代わりにプロンプトを書き上げる “御用聞き”の役割を果たす仲介AIを開発しました。仲介AIがクリエイターとインタラクティブにやりとりすることで、仲介AIはプロンプトを完成させ、生成AIに入力するのです。なお、仲介AIはプロンプトを完成させるために、クリエイターとのやり取りの過程においても、プロンプトを完成させるための必要な項目について自律的に生成AIに問い合わせを行ったりもします。

「ブラック・ジャック 機械の心臓 – Heartbeat Mark II -」が掲載された「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)誌上のインタビューでは、先生が「AIにできることとできないことが見えてきた」とおっしゃっているのですが、どのようなことがわかったのでしょう。

栗原 2つのことがわかりました。1つは、やはりイノベーションを起こすためには、人の方にこそ創造力が求められ、その能力に見合ったレベルにおいて、AIに対するイノベーティブな使い方ができるということです。たとえば数学の問題を考えたり教わったりするときに、自分の数理スキルを超えたことを言われても理解できませんよね。同じように仲介AIを用いてAIと対話しながらAIに創造性を触発されるためには、AIの出力したアイデアを受容できる理解力や感受性が必要となるわけです。効率化においては誰もがAIの恩恵を受けることが可能ですが、イノベーションに利用するとなるとそれは人次第ということになります。AIリテラシーよりも発想力を高める方が先であろうと思います。

もう1つわかったこととは、どのようなことでしょう。

栗原 もう1つは、思考の仕方が大きく変容するということです。例えば、脚本家にとっては、AIから新しいアイデアを受け取ってフィードバックする際に、AIが相手だとそれがリアルタイムに行えるということです。これはすごいことです。私たちも、これまでアイデアをかたちにしてイノベーションを起こそうとするときには、人間同士で議論したり意見交換をしたりしてそれなりの時間をかけてブラッシュアップします。そして、アイデアを10ページぐらいの提案書にして他の人に渡しても、読んでもらって次にミーティングするまでには数日待ってもらう必要があります。そして、例えば1週間後にミーティングをしてみると、細かいことなどお互いに忘れていて、まずは脳にて思い出す作業から始めるわけですが、その際アイデアが頭にあった当時の新鮮な状況が再現できるとも限りません。しかしAIが相手であれば、アイデアがホットな2〜3分のうちにやりとりすることができて、集中した状態でどんどんアップデートすることができます。このように、脳内でのアイデアのアップデートのサイクルをリアルタイムに行うことは人間同士では絶対にできなかったことです。まさに、人とAIとが協働してイノベーションを起こす際の大きなアドバンテージになることがわかりました。

一定の感受性を持つ人にとっては、ホットかつスピーディに行えるのは理想的ですね。

栗原 クリエイターの方々に聞いてみると、AIそのものに大きな斬新性や奇抜性を感じることはなかったそうです。もちろんAIはクリエイターが理解できるレベルでアイデアを打ち返しますし、クリエイターにとっても自分に理解できないことは感受できません。ですから、自分にも理解できないような新規性が生まれるわけはないのです。ただし、繋ぐ能力の高いクリエイターであれば、AIが一般人であれば繋ぐことができず、イノベーションに至らない場合であっても、イノベーションに繋げることができます。その意味において、自分一人ではなくAIを伴走させた方が、より高いイノベーションレベルに到達できるわけです。イノベーションの限界があるとすれば、それは自分が繋いで理解できる範囲での最も遠いレベルということになるだと思います。

知性や感性に落ちてくるものであり、クリエイティヴィティを刺激するものというですね。

栗原 結局のところは、人間側に考えたり発想したりという素地がなければイノベーションを起こすことはできません。AIは、素材を放り込めば勝手に作品をつくってくれる万能のシステムではありませんから。

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