AIの民主化と、AIによる民主化 イノベーションの望ましい帰結
第3回 生成AIが切り拓く誰もが自己実現できる社会

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著者 桐原 永叔
IT批評編集長

AIによって弱者や貧者にも可能性が開かれようとしている

わたしは以前から欲望5段階説とテクノロジーの進化はシンクロするものではないかと考えてきた。もっとも低次な欲求である「生理的欲求」に対応するかたちで最初のテクノロジーは生まれ、徐々に高次の欲求に向かってテクノロジーはその領域を広げながら発展しているという見立てだ。

食欲を満たすために、狩猟の技術としての弓や罠が開発されたり米や麦のために農耕が生まれたり、それを調理したりあるいは体を温めたりすることで健康を維持しようと火を使うようになり、やがて自身と家族の安全を守るために住居を開発し、集団が形成されるとそれぞれの役割と所属を認めるために社会組織が開発される。文字や文書の発明は、社会のなかでみずからの存在を差別化して承認されるため、音楽や絵画といった芸術的行為のためのテクノロジーは自己実現の欲求のうえで大きく前進してきたのではないかと考えている。

リーナスがそうであるように、AIというテクノロジーはより高次な欲求にまで、かつてないほど充実した対応を可能する。あと数年もすれば、僻地の小学生が2時間の映画を一人で制作してしまうことでさえ荒唐無稽なことではなくなるだろう。すでにYouTube上には、若いクリエイターは多くいるし、新海誠のように一人でアニメ作品を完成させたクリエイターの先行例も多い。シナリオも撮影も演出も演技もすべて生成AIを活用し、それぞれのAIに役割を与えて共同作業することも可能だ。

どんな弱者や貧者にも、その可能性が開かれようとしているのだ。それは映画だけではない。働き方そのもの、キャリアそのものが誰しもの自己実現を満たしうる可能性が開かれているのだ。孤独や疎外を感じずに働き、社会のなかに役割を得て、そのことで自己実現を果たして喜びを得ることができる未来がありうる。

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