東京外国語大学大学院教授・中山智香子氏に聞く
第1回 経済学のパラダイムシフトを見つめる知の軌跡

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

ゲーム理論が芽生えたオーストリア学派に惹かれて

学問的なルーツは人文思想的なことにあったのですね。

中山 学部生のころは構造主義やポスト構造主義への関心が高く、フーコーやレヴィ=ストロースなどの哲学者の著作をひと通り読みましたし、経済よりも政治学科の授業を多く履修していました。経済学に明晰なロジックがないことを不満に感じていました。マクロ経済は因果関係のロジックが弱すぎるようにみえましたし、ミクロ経済は前提条件が限定的すぎて、つまらなく思えました。一般教養では原先生のゼミに所属しつつ、現代思想の周辺についていろいろなことを考えていました。

構造と力』を出版した当時の浅田彰さんは京都大学経済学部の助手で、数理経済学とゲーム理論が専門でしたが、ゲーム理論1に関心を抱かれたのはそこからでしょうか。

中山 浅田さんが書いた「公理主義的経済学の誕生 ウィーンとケンブリッジ」という上巻だけで終わっている論文があり、それを読んでゲーム理論とその周辺の学際的な知に興味を抱きました。その後、ゼミ選択のときは、さまざまな学問分野を扱っていらした故・西川潤先生の研究室に所属しました。西川先生は言論界では南北問題の専門家として著名でしたが、大学の講座としては経済学史のゼミを主宰されておりました。ご自身の大学院修了研究もマックス・ウェーバーがテーマであったそうです。西川先生はフランス系の思潮を研究されていたのですが、のちに南北問題として水路づけられる、後発国についての議論はドイツに凝縮されていることを指摘されました。ゼミの輪読ではジョーン・ロビンソンの『現代経済学』(岩波書店)なども読み、経済学の通史を研究しはじめました。

どのようなところに関心を抱かれましたか。

中山 理論がひと通りではなく、経済学がほかのものに変わる瞬間があることに興味を抱きました。人々が経済学だと思っているものが、古典派のビジョンから新古典派に変貌した1870年代のように、経済学のパラダイムが大きく変わるところですね。そうした切り口として、オーストリア学派に着目しました。ドイツ系で経済のディシプリンのなかではありつつも、ドイツのナショナリスティックな国家観から、現代のミクロに通じるような個人の欲求を切り取っていく面白い理論があるように思えました。はじめは19世紀の後半に関心を持って自分の研究テーマにして、修士まではカール・メンガー2などを研究していました。それはカール・E.ショースキーの『世紀末ウィーン: 政治と文化』(岩波書店)で描かれるような、文化芸術や学問が花開いた時代であり、ゲーム理論が萌芽した時代でもあるオーストリア学派の時代に関心を抱くようになりました。院生時代には、日本のゲーム理論の草分けのお1人である故・小山昭雄先生から経済数学を学びました。

博士課程でウィーン大学に留学されたのですか。

中山 “オーストリア学派とゲーム理論”というテーマで、ウィーン大学で経済思想史を研究するストライスラー教授に受け入れられました。ゲーム理論は数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンの共著書『ゲームの理論と経済行動』によって誕生しました。英語で書かれているにもかかわらず「完璧なドイツ語で書かれている」と揶揄する書評が出たほど晦渋な本ですが、ノイマンのビジョンとモルゲンシュテルのビジョンの双方が詰め込まれていて、非常に面白いのです。当初は物理学や論理学を盛り込んで博士論文を書きたいと思っていたのですが、ストライスラー教授からはオーソドックスに経済思想史的な位置付けでこの本を分析するように指導されました。

生成AIは論理を失った?

――数学や物理学、論理学についても学ばれたのですか。

中山 ウィーン大学では指導教員が2人つくのですが、もう1人がゲーム理論家のエクべルト・ディルカーという先生で、のちにノーベル賞を受賞したジョン・ハルサニやラインハルト・ゼルテンらと研究をしていた方だったので、ゲーム理論についてはその先生から学びました。また外部講師の方々による実験系のゲーム理論や進化ゲーム理論などに関する特別講義を受けたり、時間があると物理学の図書館で文献を探したり、ウィーン学団研究所を主宰していたシュタードラー氏や、そこの研究者の方たちと話しをしたりしました。その関連では、修士のころに研究していた経済学者カール・メンガー(Carl Menger)の息子で、カール・ポパーやヴィトゲンシュタインと同時期に活躍した数学者カール・メンガー(Karl Menger)が興味深い人で、今でいうリスク選考や不確実性の問題、論理展開の逆説なども、早い時期に論じています。モルゲンシュテルンとともにクルト・ゲーデル3とも親しく、メンガーの主宰した数学コロキウムからウィーン学団が発足します。ただ実証哲学は、なぜか日本では好まれないらしく、その後ウィーン学団に関する専門書の翻訳を複数の出版社に打診しましたが、実現しませんでした。

現実を記述する意味では、アルゴリズムも確実に分析哲学の延長にあるはずですが、理論的なところは文系/理系のエアポケットに陥るところかもしれません。

中山 「IT批評」のAI研究者の方々のインタビューを読んで、アルゴリズムで考えるよりももっぱらデータの話になっていきがちなのが不思議でした。

桐原 永叔( IT批評編集長) 研究者の方のお話を聞いていると、アルゴリズムについて、私たちが考えるより大きな合理性を感じられているような気がします。ディープランニング以降、アルゴリズムの世界から少し離れたという認識で話を伺うと、まだまだ計算可能だというように返答されることもあります。人間の脳だってアルゴリズムだと主張する方もいらっしゃいますし。

中山 私は論理から学問に入ってきましたから、論理のなかで考えることを好みます。しかし経済学ではシジウィック4やJ.S.ミルの時代に功利という公理が唱えられて以来あまり進んでいないようで、歯がゆさを感じることもあります。私はニコラ・ブルバキ5が唱えたような、部分だからこそラディカルに根源性を目指すことができるという考えかたが好きで、多様なものが並び立つなかからパラダイムの転換が起こるダイナミズムに惹かれます。大戦間期には、ゲーデルの不完全性定理を知ったノイマンが「昨日までぼくがレクチャーしてきたことは全部忘れてくれ」というような潔さがありましたが、そうしたことが、現在のサイエンスを扱う人――とりわけ経済学者――には許容できないようです。

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