筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く
第3回 AIは身体性と欲望を持ちえない
治癒を目的としないオープンダイアローグという方法
先生がいま取り組んでいらっしゃるオープンダイアローグでは、当事者や家族、治療グループが作動の構成要素となって、対話によるフィードバックを繰り返しながら新しいナラティブを紡いでいくというオートポイエーシス1的な治療がなされるわけですよね。
斎藤 そうですね。チーム自体がコミュニケーションのなかから自律的になにかを発見していく方法です。特徴的なのはゴールを設定しないことで、ここはAIやアルゴリズムがもっとも苦手とするところですね。オープンダイアローグの実践においては、ひたすらプロセスを追求していくなかで副産物として治癒が訪れます。オートポイエーシス的にいうと、一種の排出物として治癒が起こってくるといえます。あくまで対話とコミュニケーションが目的で、そことは異なるところで症状の改善がなされるという仕組みになっています。
既存の家族療法では、家族に対峙するのは医師だけですし、あくまで治療がゴールですよね。
斎藤 既存の家族療法は多くの場合、システム論に依拠しますから、たとえば患者さんが子どもの場合は、子どもに症状が出るかたちで家族間のシステムが維持されていると考えます。システムを変えれば症状の改善も起こるかもしれないという想定のもとで、コミュニケーション形式を変えたりすることでシステムの作動を変えようとするわけです。治療が目的とされますから、それは意図的な介入になります。それが有効な場合もありますが、意図を持って介入されると反発する人間心理もありますから、失敗する場合も多々あります。ですから、治療の意図を悟られずに受け入れてもらうことに腐心する傾向があります。
家族療法では、とくにDVや虐待にかかわる場合に患者さんの両親に来院してもらうハードルが高いと聞きます。その点について、オープンダイアローグはいかがでしょう。
斎藤 オープンダイアローグの本質は、いわば丁寧な対話ということにありますから、そうしたハードルはそれほど高くありません。そもそも誰かを批判したり、指示や命令をする場ではないわけですから。はじめに「これからみんなでお話を聞かせていただきたいと思いますがいかがでしょう」と聞くと、おおむね肯定的な返事をいただくことが多いです。