小林秀雄とエリック・ホッファー
機械文明と大衆、そして労働について
労働という知性
柄谷行人は70年代ごろからエリック・ホッファーをさかんに取り上げた。『現代という時代の気質』(ちくま学芸文庫)という訳書もある。なにより、盟友だった中上健次もホッファーに心酔しみずからの羽田空港での貨物運搬の労働を指して「沖仲士」を自称していたと記憶にあるが、それもまたホッファーの影響であった。
ホッファーの特徴はなによりも徹底した知識人嫌悪である。『 target=”_blank”>波止場日記』(田中淳訳/みすず書房)にこんなことを書いている。
知識人は傾聴してもらいたいのである。彼は教えたいのであり、重視されたいのである。知識人にとっては、自由であるよりも、重視されることの方が大切なのであり、無視されるくらいなら迫害を望むのである。民主的な社会においては、人は干渉をうけず、好きなことができるのであるが、そこでは典型的な知識人は不安を感じるのである。彼らはこれを道化師の放埒と呼んでいる。そして、知識人重視の政府によって迫害されている共産主義国の知識人を羨むのである。
これはほとんど現代の知識人、わたしがいう似非インテリの姿そのものだ。これこそが先に書いた、「世には著者の自己承認欲求の染み付いた本と著者の自己承認欲求がそれほど染み付いていない本しかない」ということの真意だ。
このスタイルは一見、1942年時点の小林秀雄の大学知識人批判に通じるようだが、根本のところがまったく異なっている。浅薄な機械文明批判しかできなかった小林に対し、ホッファーは次のように論じる。
柄谷が訳した『現代という時代の気質』に入っている「オートメーション、余暇、大衆」のなかで、文字が誕生しあらゆる記録をつける書記という職業が生まれる。しかし、王権が交代すると多くの書記が失業した。新しい王権は記録を嫌ったからだ。この失業が書記を作家に変えた。あるいは、モンテーニュのような優れた書き手が中世のフランスに集中して誕生するのは、地方貴族が領地から引き離され軍事から遠ざけられベルサイユに集められて、本来の“業務”を失ったことによる。ホッファーはそう書く。
労働者やらプロレタリアートなどいい、文明社会の被害者、機械技術に仕事を奪われる人々という分類もホッファーは嫌う。マルクスがプロレタリアートという被害者を生み出してしまったと憤る。生涯においてたいした労働をしたこともないマルクスに労働者のなにがわかるのかと。現代の私たちも参考にしうる、ラッダイト運動などとは真逆な労働者の思想がある。同じ点で、ハラリのいう「ホモ・ユースレス」「無用者階級」という考え方の有害さを思わずにはいられない。
果たして生成AIは仕事を奪うだろうか。おそらく雇用形態は確実に変えるだろう。生成AIが生んだ失業は人をしてどのような職業を創出するだろうか。ホッファーに従ってそういう想像が働かせるほうがいい。
労働者は未来を考えることができず、生きる術をもたない、救いを待つだけの人たちだという知識人たちの思い上がり。それこそ知識人のもっとも愚かな点なのではないかと思う。彼らは好んで「啓蒙」「教育」という言葉を用いる。自分のポジションを下げないために、「啓蒙」「教育」の対象が必要なのだ。
エリック・ホッファー (著)
柄谷 行人 (翻訳)
ちくま学芸文庫
エリック・ホッファー (著)
森 達也 (解説), 田中 淳 (翻訳)
みすず書房

