来るべき人とAIとのインタラクション
慶應義塾大学理工学部教授 栗原 聡氏に聞く(1)

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

ChatGPTをはじめとする生成AIは、多くの人々がAIを利用する「AIの民主化」をなしとげた。AIをめぐる百家争鳴の議論の中で、私たちはどこに立脚点をおくべきか。人工知能研究の第一人者として、人とAIとが共生する社会基盤を構想する慶應義塾大学の栗原聡氏に話を伺った。第1回では、基本的な論点とともに、AIと人とが協働して手塚治虫作品の新作をつくるプロジェクト「TEZUKA 2020」についても聞くことができた。

栗原聡

栗原 聡(くりはら さとし)

慶應義塾大学 理工学部 教授/慶應義塾大学共生知能創発社会研究センター センター長。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。NTT基礎研究所、大阪大学、電気通信大学を経て、2018年より現職。科学技術振興機構(JST)さきがけ「社会変革基盤」領域統括。人工知能学会副会長・倫理委員会委員長。大阪大学産業科学研究所招聘教授、情報法制研究所上席研究員、総務省・情報通信法学研究会構成員など。TEZUKA2023総合プロデューサー。マルチエージェント、複雑ネットワーク科学、計算社会科学などの研究に従事。著書『AI兵器と未来社会キラーロボットの正体』(朝日新書)、編集『人工知能学事典』(共立出版、2017)など多数。

目次

自律分散ネットワークの視点からヒトの知能をさぐる

都築 正明(以下、――)先生のご経歴をふまえて、AIや複雑系の研究に関わられた経緯をお話しいただけますか。

栗原 聡氏(以下、栗原) 私は、大学院を修了してからNTT基礎研究所に入りました。そのころから、人がどのように物事を理解するかという認知や記憶といった人間の知能に興味を抱くようになりました。

興味を抱かれる契機はありましたか。

栗原 いちばんインパクトがあったのは、安西祐一郎先生が訳されたマービン・ミンスキーの『心の社会』(産業図書)を読んだことでした。私たちの心は単体ではなく、複数の心が社会を形成して合議制で成立している、という内容です。私たちの体自体も臓器の集合からできていますし、細かくみれば細胞からできている。人間の身体はさまざまなものが集まってできていて、脳も例外ではありません。そこから分散システムに興味を抱くようになりました。分散しているということは、連携して機能を果たすということですから、分散システムの個々の要素(エージェント)よりも、それがどう連携しているかに興味がありました。心の社会についていえば、個々の心同士がバラバラにならず、どのように協調することで全体としての心を形成しているのかということですね。人間の身体でいうと、さまざまな臓器がネットワークを形成して連携しているわけです。すべての臓器を束ねる中枢があって、なにかの司令を送っているわけではありません。そのように、いわば親玉がいない状況で臓器同士がやりとりしてシステムとして機能している不思議さに惹かれました。我々は臓器というレベルではそれぞれの役割がわかりますが、臓器を形成している細胞は、自分がどのような役割を担っているのかを理解すらしていないのです。

還元して考えればどれもタンパク質ですものね。

栗原 脳神経細胞の機能は無論複雑ではありますが、それでも個々でしていることは単純なことです。しかしそれが数百億個、数千億個という数が集まると、個々の機能の総和を超えた高度なシステムが生まれる創発現象が起きるわけです。

そう考えると、複雑なものを構成要素の総和ではなく複雑なまま考える複雑系の考え方が必要になるわけですね。

栗原 そうですね。また複雑系とともにネットワーク構造への注視も必要になってきます。身体でいえば個々の細胞はどこと連携しているのかということですね。私の研究の柱は群知能や自律分散システム、複雑系ネットワークなのですが、基礎的な研究だけでなく、得られる知見をさまざまな実問題に応用する取り組みもしています。例えば、コロナウイルスの感染拡散シミュレーションや自律分散交通信号機制御システムの構築といった取り組みです。

NTT研究所から大阪大学に、その後電気通信大学を経て現在、慶應義塾大学にいらっしゃるわけですが、変わられたことはありますか。

栗原 研究ステージが上がっただけなので、内容としてはさほど変わっていません。

大阪大学も、ロボット工学で石黒浩先生がいらしたり、ELSIの拠点(社会技術共創研究センター)となっていたりと、人工知能研究では重要な拠点ですよね。

栗原 いろんな方がいて、面白いところです。認知発達ロボティクスの浅田稔先生もいらしたりして。貴重な多くの人的ネットワークが形成できました.

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