複製技術と非物質的労働が変えた社会構造──ベンヤミンとネグリの思想から読む現代資本主義
刊行ラッシュの生成AI関連書で内生的経済成長を考えてみる

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

コンピューティングパワーがもたらす進化

ChatGPTがブームとなってもうひとつ改めて大きな注目を浴びた企業がある。画像処理用演算プロセッサであるGPU に特化した半導体メーカーであるNVIDIAだ。生成AIにはコンピューティングパワーが必要になる。それだけ生成AIの計算量が膨大だからである。NVIDIAが生成AIを高速化するサーバー向けGPUを発表したところ、同社の株が急騰し一夜で時価総額が27兆円も増加したのはこの春のことだ。

19世紀、アメリカはカルフォルニアでブームを巻き起こしたゴールドラッシュでいちばん利益をだしたのが金を掘る道具を売っていた者たちだったことに擬え、生成AIブームという新しいゴールドラッシュで儲けるのはGPUメーカーだという言説も聞かれる。

AIとコンピューティングパワーは歴史的に切ってもきれない関係にある。生成AI関連書籍に必ず登場するAI開発史には、半世紀の間に2度の冬の時代が記録されている。しかし、そのどちらもが背景に往時のコンピューティングパワー不足があることはあまり触れられていない。

AI開発史を少し紐解けば、第3次AIブームを巻き起こしたディープラーニングの原点となる誤差逆伝播法や畳み込みニューラルネットワークは1980年代にはすでに発見、発明されていたことがわかる。しかし、それらを実装してAIを稼働するにはコンピューティングパワーが不足していたのだ。もっとも、ビッグデータを収集するためのインターネットどころか、PCさえもようやく普及しはじめた時期だったと思えば、冬の到来をコンピューティングパワー不足だけに帰するわけにはいかないだろう。しかし、大きな要因であることは間違いない。

AI開発が2度の冬に耐えている間も、パーソナルコンピュータは懐かしいことばでいえば「ドッグイヤー」といわれるスピードで技術進化を遂げていた。その要因にあったのは、ムーアの法則といれる半導体の技術的な進化スピードがある。

ムーアの法則とは半導体メーカー・インテルの創業者、ゴードン・ムーアが1965年に提唱した「半導体の集積度は18カ月で2倍になる」という経験則のことである。この法則どおり、半導体の集積度は天辺から底辺に波打つAIの進化を横目に右肩上がりに成長を続けている。実に50年以上だ。

半導体は集積することで回路が短くなって計算性能が向上する。計算性能が向上するだけでなくコンピュータの小型化にも寄与する。その頃はメインフレームと呼ばれる大型コンピュータこそ王道といわれていた。それが集積度をあげた半導体によって小型化されたコンピュータはパーソナルなものになった。PCはこの進化なしに誕生はしていない。ムーアの法則がなければ、スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツもまったく別の人生を歩んでいたにはずだ。

言論サイト「アゴラ」を主宰する池田信夫が2007年に上梓した『過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか?』(アスキー新書)では、この進化を見誤ったIBMの失速と見事に機会を得たMicrosoftの対比をみる。同時に先にふれたブラウザ戦争におけるMicrosoftの戦略の阿漕さも浮き彫りにする。そのMicrosoftは2007年時点ではGAFAの後塵を拝しており、GAFAMとはなっていなかった。失地回復と言いたくなるのはそういう理由もある。

もう一点、見落とすべきでないのはAIのコンピューティングパワーを支えるGPUの進化だが、『教養としての生成AI』では以下のように述べられている。

〈2回目の冬の時代という〉この状況を打破したのは意外にも、全く無関係に思える分野の発展でした。ゲーム機です。ゲーム機の開発競争で高性能化・低価格化・汎用化されたGPU(グラフィックス処理ユニット)をニューラルネットワークの計算に応用できることがわかり、研究は一気に加速しました。

〈〉内、桐原 出典『教養としての生成AI』

この時代のゲーム機の競争については『過剰と破壊の経済学』にも記述がある。PS2を成功させたソニーがPS3開発に際して、Cellという画像処理に強い半導体の開発に2000億円を投資して大きな損失をだしたことだ。現在のようにGPUを画像処理以外に使用するという考え(GPGPU)がなかった頃に、汎用化の目的で高性能半導体開発に巨額を投じたのだ。

しかし、Cellにゲーム機のグラフィック以外に大きな需要がなかった。ちょうどジェフリー・ヒントンらがディープラーニングの研究で注目を浴びはじめた時期に重なる。こうした歴史が現在のAIブームの背景になっていることを思うのは面白い。

過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか?
池田信夫著
アスキー新書
ISBN978-4756150776


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