ERATO 脳 AI 融合プロジェクトメンバー 紺野大地氏に聞く
(3) 人と AI とが共存するカギを探る

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

メタバースと脳 AI 融合の可能性

言語を持つことによって、人間の意識が生まれたとも考えられるのですが。世界を言語で翻訳する比喩という行為によって、さまざまな情報を理解可能なものにして、意識化するのではないかと。先ほど例に出された 6 本目の指についても、6 本目の指がどういうものかを、言葉で理解するからこそ、脳の中に新しい機能が生まれるのではないかと思います。

紺野 松尾豊先生は、人間の意識や知性を考える時に、動物としての OS 上に言語というアプリがある、という説明をされます。その言語アプリが人間に特有のもので、それが人間の知性を形づくっている、というように。言語化能力が人間の知性と、大きな関わりがあるのは間違いありませんが、私としては、世界に数多くある、言語化できない情報を翻訳せずに、ダイレクトに伝えることができれば、人間そのものやコミュニケーションの可能性が広がるだろうと考えています。

一方で、進化論によって否定された創造説を、人間がもう一度やりなおそうとしているようにも見えてしまいます。特に AI が意識を持つことを想定すると、なにか預言者が人類にメッセージを伝えるようなイメージと重なってしまう。

紺野 ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス 上下巻』(柴田裕之訳/河出書房新社)で「データ教」と称していますが、近しい人や自分の判断よりも、AI の助言を重視するようになる、というのは──良し悪しは別にして──不可逆の流れではないでしょうか。AI に自分の生き方を委ねることは、現在の私たちからするとディストピアのように感じられるかもしれませんが、自分を最も知っている他者が AI だとすると、その認識も変わってくるかもしれません。

メタバースと、脳 AI 融合の可能性についてはどうお考えですか。

紺野 今後、とても大きな可能性を持っている分野だと思っています。メタバースと脳科学や神経科学、AI の融合というと、脳活動だけでアバターを操作したり、脳活動だけで考えていることをメタバース上で表現したり、といったことがよく話題にのぼります。技術的に実現可能であるとは思いますが、私自身はそこにはあまりワクワクしない、というのが率直な思いです。むしろ将来的に、脳を適切に刺激してあげることで、 インターネットの世界を現実世界と同じように感じられるのではないか、ということに興味をおぼえます。「攻殻機動隊」や「ソードアート・オンライン」で描かれるフルダイブのように、インターネットの世界に自分がそのまま入り込むようなイメージですね。

そもそも私たちが限界として捉えている世界というのは、あくまで脳が知覚した現象にすぎないですね。

紺野 そうですね。脳についてより深く知ることができれば、脳で現れている世界像というのを、デジタルに再現するだけでなく、複数の世界像を持つことができるかもしれません。

メタバース上で治験に近いデータを集めたり、臨床例がすごく少ない治療法をモニターしたりといったことも、一定の確度でできるようになるのでしょうか。

紺野 シミュレーションの技術やノウハウもかなり必要になるとは思いますが、医療における応用も十分に考えられます。外科手術での出血量や生存率など、人命に関わる臨床実験もできることになりますから。

実世界では人道上してはならない社会実験や心理実験を、メタバース上で行って近似的なデータを収集することも不可能ではなくなるでしょうか。

紺野 それも考えられますよね。そこから現実世界の問題を解決できるようになるかもしれません。

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