安全保障としてのサイバーセキュリティ戦略
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小宮山 功一朗氏に聞く(2)
情報のコントロールが国家の手を離れつつある
メディアとしては、印刷やラジオ、メディアがプロパガンダの役割を果たした歴史がありました。また冷戦時代には東側諸国が国境沿いにパラボラアンテナを立てて西側諸国の衛星放送を受信することがありましたし、カラー革命では SNS が大きな役割を果たしました。このような情報の非対称性が戦局に影響を及ぼすことが多くなると思うのですが、現状ではどのような見取り図を描けるのでしょうか。
小宮山 ほぼすべての情報がサイバー空間を流れていますから、情報戦においてサイバー空間でのイニシアチブをとることは、極めて重要です。ただしここで考えておかなければならないのは、情報のコントロールが国家の手をだんだん離れつつあるということです。そのような環境下では、国家が独自の情報収集を行うよりも、Google や Apple、Microsoft をはじめとする巨大テック企業に協力を求めるのが最も効率的です。今回のロシア・ウクライナ危機におけるサイバー攻撃についても、ウクライナやロシアの技術者ではなく大手テック企業から最新の情報が提供されることが多くあります。私を含め、大手テック企業の外の者は、情報収集の手段をかなり狭められている、というのが現実です。
今回、ロシアは早い段階で国外へのインターネット経由の情報アクセスを遮断しました。国民のアクセスできる情報という点では、自国から孤立を選んだともいえます。
小宮山 ロシアが世界から孤立しないか、というのが最大の懸念です。先ほどもお話した通り、私は北朝鮮の IT 企業を研究していましたが、60 年以上世界から孤立したこの国では、優秀な人材は育っているものの、それをマネタイズできる市場がありません。国内では携帯電話番号もすべて国に提出されていますし、携帯電話自体に政府認証局の証明書が入っていて、政府公認のアプリしかインストールできないようになっています。ロシアでのサービスを停止しているグローバル IT 企業も多くある中で、ロシアが同じ途をたどる可能性もあります。
資本主義陣営からのロシアに対する経済制裁も進んでいます。第 3 次核戦争に向かうエスカレーションが回避されることを前提としても、安全保障上の脅威は大きくなる可能性がありますね。
小宮山 これからロシアは海外への依存度をできるだけ減らし、さまざまな意味での自給自足が成立するように政策を決めていくだろうと思われます。現代において情報をシャットアウトするだけでなく、国境を閉じてヒト・モノ・カネの往来を制限するとなると、経済的に苦しくなるのは目に見えています。ロシアが北朝鮮の轍を踏まないかどうか、ということがとても心配です。