安全保障としてのサイバーセキュリティ戦略
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小宮山 功一朗氏に聞く(2)
「グローバリゼーション」「民主主義」「国家主権」のせめぎ合い
国家間でのサイバーセキュリティ協力の課題は、どういったことでしょうか。
小宮山 まずは、現実の世界の例で説明します。例えば、みなさんが何らかの被害――車を運転していて後続車に追突されるなど――に遭ったとすると、その次に何をするべきかというのははっきりしています。まずは最寄りの警察に行って被害届を出し、警察は加害者を逮捕して、裁判所で起訴が決まれば加害者は裁判の後にしかるべき処罰を受ける。これが私たちの社会のシステムとして機能しています。
権力の制限と行使のスキームが確立している、ということですね。
小宮山 では、みなさんの会社がサイバー攻撃を受けた際にどうすべきか、というのはいまだに解決できていません。もちろん最寄りの警察に行くべきですが、行ったとしても最寄りの警察では何もできないというのが現状です。まして、そのサイバー攻撃をしかけてくる人物が海外にいたら……と考えると、先程の交通事故の例よりも、加害側の責任を追求できる可能性が低いことは、だれもが想像に難くないと思います。私の問題意識は、サイバー空間は無秩序で、強いものが勝つという、ルールのない世界だろうか? という問いからはじまっています。そこから秩序の土台となるものを探りました。そこで世界中の人がサイバー空間に望んでいる、共通の 3 つの価値観を指摘し、論文で提示しました。
3 つの価値観というのは、どのようなものでしょう。
小宮山 グローバリゼーション、民主主義、国家主権の 3 つです。1 つめのグローバリゼーションは、世界が 1 つになってほしいという価値観です。2 つめの民主主義というのは、サイバー空間を通じて 1 人ひとりの意見が意思決定に生かされる民主的な世界が実現してほしい、という価値観です。また国家主権というのは、これまでに認められていた正当な領域の支配が、サイバー空間を通じて、よりスムーズかつ効率的に行われるよう確保されるべきだ、とする価値観です。
後 2 者はそれぞれ対立した見地になるようですが。
小宮山 そうですね。民主主義と国家主権はときに対立します。今の世界情勢でいえば、民主主義というのは、アメリカや日本、ヨーロッパ諸国の立場であり、国家主権をきちんと確保したいというのは、中国やロシアのような権威主義国家の立場です。国家間の現在の緊張状態をみると、相反する価値観だということが明らかです。また、シリコンパレーのテックカンパニーなどにとっては、自分たちの商品やサービスを世界中で使ってもらえるグローバルな市場というのが最も大切です。企業も利益が得られるし、素晴らしい製品によって、皆がより便利で楽しい生活をおくることができる。
そうすると、グローバリゼーションと国家主権、さらにグローバリゼーションと民主主義も相反する図式になりますね。
小宮山 はい、結局のところ、この 3 つの価値観のせめぎ合いになるわけです。また、それぞれの国や企業の中にもそれぞれの価値観が内包されています。日本の中でもいずれかの価値観を優先する人がいるでしょうし、時代の変化でも変わってきます。